携帯電話 (テニプリ 乾×海堂)
「先輩が持てって言ったんすよ!」
海堂が怒った顔で俺から目を逸らした。窓の外をさまよう視線。
曇っていて、薄暗い一日だった。
海堂は俺と同じように次の言葉を考えている。
ファミレスには、親子連れやカップルや、学生のグループがいっぱいで、
俺たちの険悪さに気づく人間などいない。
メールしようと言い出したのは俺だった。
受験生になった海堂と、連絡が取れなくなるのが寂しかった。
海堂は普通に会えばいいと言って、
なかなか携帯を持つことに同意しなかった。半ば強引に説き伏せた。
「…でも目の前に会ってる人がいるんだ。
それとも、俺の話を聞く気なんてないのか」
「それは謝る」
野良犬のような目がちら、と俺を見た。ぶっきらぼうな声。
海堂の携帯電話は、俺のと色違いの機種だ。
申し合わせたわけでもなかったから、ただそんな偶然に
運命を感じたりして、俺は嬉しかった。
一方で海堂にしてみれば、理不尽に継ぐ理不尽なんだろう。
俺の要求を飲むたびに逆に文句を言われる結果になるんだから。
ファミレスを出ても、海堂はむっつりと黙り込んでいた。
さっきまで、不機嫌なのは俺で、海堂じゃなかった。
俺と会っているのに、携帯を気にしているから少し言っただけだ。
「…俺も悪かったよ。怒り過ぎた。
携帯を持てばある程度はしょうがない。お互いさまだった」
俺はとうとう口にした。海浜公園は寒くて、
カップルが人目も気にせず互いの体を温め合っている。
「いえ。先輩の言うことわかります。俺も嫌な思いしたことあります、」
海堂が口を聞いたので、ほっとした。
「…その、癖になって。いっつも電話気になって。
目の前に先輩がいるのに」
海堂が潤んだ目で瞬きを繰り返す。その瞬間、自分の誤解を恥じた。
「…ちょっとごめん、電話したいんだ」
「はい」
さっそくか、というように海堂は浮かない顔で背を向けた。
ボタンを押すと、一呼吸で相手の電話は鳴り出した。
着メロは時代劇のテーマだった。前に俺が冗談で変えたのを、
そのままにしている。
「…はい?」
相手もチェックせずに慌てて出る海堂の声は、少し震えていた。
何も気づいていない海堂の背中を、俺は見つめた。
「…好きだよ」
海堂がびくりとした。海堂の耳には、二重に重なって聞こえたはずだ。
俺は目の前にいて、海堂の携帯に掛けているんだから。
「海堂は、好き?」
答えは返ってこない。俺は海堂の肩を叩いた。
もう誰も、俺たちのことを見ない。夜に入ったばかり。
みんな自分のことにかかりきり。
「センパ…」
振り向いた海堂にそのままキスをした。
携帯が鳴っている。どこか遠いところで鳴っている。
俺たちは携帯を切らないまま、手を繋ぐ。
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