迷い子 (テニプリ 乾×海堂)


日直当番のせいで、放課後の教室に一人残されてしまった。
雨が降っている。朝からずっとだ。
乾は日誌を見つめたまま、頭をかいた。 一緒に日直をやっていたはずの女子は、調子の良い美少女で、 うまく言いくるめられて日誌を任されてしまった。
女子には得てして弱い。
彼女が美少女だから、ではない。
きっと、クラスで一番大人しい女子が頼んできたって、 頷いたと思う。ただし、彼女は真面目だから そんなことはきっと頼まない。
溜息を一つ吐いた。書くことが見つからない。
もう三十分も生徒所感が埋まらなくて雨の音を聞いている。

今日の部活は筋トレだろう。梅雨に入ってもう数日経つ。
ぼんやりと、窓の外のテニスコートを見つめた。
靴跡に、足を合わせて立っていた海堂。濡れた体。
逃げるように走り出した後ろ姿。
帰りはずっと俯いていた。濡れたままの髪に、思わず触れた。
誰もいないのをいいことに、傘を投げ出して、唇を、舌を、味わった。


夏が来たら、引退です。
夏なんか来なければいい。
俺はテニスがしたい。
ずっとずっとテニスがしたい。



ひょいと頭を下げて、部室に入る。 海堂がベンチに掛けて、靴紐を結んでいた。
「乾遅かったね」
不二が言い、笑った。海堂が顔を上げた。目が合った。
「ああ。日直で…日誌に書くことなくて、苦戦してた」
不二がそう、と微笑み、視線の先を素早く見た。
さりげなく目を逸らして、ロッカーに荷物を置く。
「先行くよー。大石からの連絡ー。ランニングと筋トレ。 終わった奴から帰ってよしって」
菊丸が不二を引っ張って出ていく。残っていた一、ニ年が続いた。
立ち上がった海堂をちらりと見た。一瞬、視線が合った。
「ッス」
海堂がすれ違いざまに言った。
「待て」
海堂が振り向いた。
「待っててくれ」
海堂はきっと今、眉を寄せているんだろう。
「見えるところにいてくれないか」
「何言ってんすか…」
低い声で呟いた後、少し考えて、海堂はベンチに戻った。
背中に海堂の視線を感じた。ほっとした。

夏なんか来なければいい。
俺はテニスがしたい。
ずっとずっと、テニスがしたい。



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