おかえり (テニプリ 乾×海堂)
寛ごうとするのに、漫画もろくに目に入らなかった。
時計の音だけが聞こえてくる。
リビングは静かすぎた。今日は母も出かけて誰も居ない。
部屋は片付けたし、ジュースも冷蔵庫に冷えている。
久しぶりに練習も休み。誰も居ないのをいいことに、
例の先輩を誘ったら、あの低い声が、うん、行くよ、とだけ答えた。
「…」
海堂は何となくソファのクッションを引き寄せて抱きしめた。
柔らかいものは、安心だ。顎を乗っけて三秒。唇まで沈み込む。
…早い心臓の音。
時計を見る、まだ二時前。
テレビをつけてみた。金髪のモデルが大画面で微笑んでいたけれど、
特別な感慨は持たなかった。
ふしゅう。
何を緊張してる。馬鹿馬鹿しい。
テレビを騒がせたまま、立ち上がってレースのカーテンの向こうを覗く。
電器屋の車が通りを過ぎる。
小学生が数人走って行く。春休み中の昼間の、のどかな空気。
溜息が出た。
早く来いや、先輩。
海堂は苛立ちを隠さずカーテンを閉めて、
床に膝をつき、それから両手をついた。
一、二、三、
無意味に腕立て伏せを繰り返す。とにかく数えつづけた。
二十八、二十九、三十…
まだ来ない。苛立ち。
…七十四、七十五、
「…っ」
息が上がってきた。百まではやる。百まで来んな、ちくしょう。
汗が浮いてきた。筋肉が縮んで、伸びる。繰り返す。
負荷のかかった腕がまた強くなる。強くなる。
百十六、百十七、…
インターホンが鳴った。息が上がったまま、玄関へ走った。
酸素不足の脳が緩んでぼうっとなる。
「おかえり…!」
ドアを開けながら思わず口走る。乾がポカンとした。
「やあ…ただいま、」
笑っている。からかわれる。海堂は逃げるように背を向けて舌打ちした。
「おせえんだよ…っ」
恥ずかしさを転嫁するように怒鳴ったら、
時間通りだけど、と悪びれず乾が呟くのが聞こえた。
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