Cry for the moon. (ワンピ ゾロ×サンジ)


「ゾロはいいね。男の子だから」
記憶の中の少女が、そう言った。


「お前はいいよな、」
月を眺めながら、奴が言った。
「何がいいんだ? さっぱりわからねえ。何で 人のことを羨ましがるんだ」
「そういう所がいいんだ」
酔っ払った目で、俺を見た。 昼間は派手に喧嘩をするし、夜はこうして一緒に飲む。 俺にだって、こいつとの関係はわからねえ。 一見矛盾した中に、共通のものを見出しただけだ。 ナミは酒よりも海図描きや金勘定に忙しいし、他のクルーは飲めねえ。

奴がなまっちろい喉元を見せて酒をあおる。
無造作に口を拭おうとした手を捕らえて、無理矢理にキスをした。 火照った体と、濡れた唇。時々、こいつにムラムラ来る時がある。


奴がクルーになって最初に出した食事を覚えてる。
ナミの実家のみかんを使ったフルコースとかいうので、 テーブルの上が鮮やかに彩られ、みかんの香りでいっぱいになった。
食いもんなんて、腹が太ればそれでいい。
俺はずっとそう思ってきた。だから見た目がアレでも、味が少々ヤバくても、 大抵のものは食えた。
でも奴の料理は本質が違ってた。 ナミの笑顔を見た時、ちょっとだけこいつを見直した。
圧倒的な優しさなんて、俺は持ちあわせちゃいねえ。


キッチンに立っている姿を、見ていた時期もある。
エプロンを着けて、おもむろに冷蔵庫から材料を取り出し、船倉へ行って 新しい赤ワインを出してくる。
船長の好きそうな赤い肉を焼く前に、手際良く栓を抜き、一口飲む。 舌の上で転がして、満足そうに飲み下し、俺を見た。
「味見」
そう言ってワインを俺に差し出した。
「お前イケる口だろ」
少しだけ味わった。微笑んでるあいつを見つめたまま。
奴にムラムラ来たのは、きっとその時が最初だ。
キッチンの鍵を下ろして、奴を無理矢理抱いた。
まだ、喧嘩すらしていなかった。お互いのこともよく知らなかったし、 そんなことお構いなしなのは船長くらいだった。
奴は泣いた。野蛮だと罵られた。笑ってやった。 お前だって慣れてるくせに。
奴は口を聞かなくなった。俺は食事の度に寝過ごすようになった。


寄港したら、きっと逃げ出すと思った。 あいつは食料の買い出しに行くと言って船を下りた。 当たり前のように、あとをつけた。

案の定、途中で見知らぬ男に声を掛けられた。 蹴り倒すのかと思ったら、ついていく。 宿での一部始終を俺は覗いた。こんなことをしている自分も、 奴が他の男と寝るのも、何もかも不快だった。 男が出ていった所に乗り込んで、体を流していた奴を抱きしめた。
俺だけのものにしたいと思った。 みかんのフルコースを思い出しながらキスをした。 蹴り倒されて、罵られた。
俺は起き上がれなかった。
奴の持ってる天性の優しさが、ひとかけらでも俺にあれば。
傷つけたり、傷ついたり、奪ったりせずに、 うまく伝えられるのだろうか。

性懲りも無く、一人になったところを捕まえては抱いた。 いつの頃からか、諦めたのか逃げなくなった。 最近じゃ涙も枯れたらしい。


「俺のこと嫌いなんだろ?」
ずっと聞きたかった言葉を、酔いに任せて口にする。 奴の倍のスピードで飲んで、やっとここまで酔えた。
「わからねえのか?」
俺に手を捕らえられたまま、奴は言った。
「嫌いだったら、羨ましいと思うかよ」
奴の唇はあの日のみかんのように、俺に与えられた。


ただ、今あるものから目を逸らさないでいるだけだ。
体も鍛えるし、考える。もっと効率的で、 もっと実践的で、もっと強くなる方法を。
一生越えられない存在になっちまったくいなに、近づくため。
圧倒的な敗北感を越えて、最強になる。
だからこいつが持ってる優しさを、俺が持ってたって使えねえ。
俺は俺。くいなは一度だって俺に負けなかった。それでいい。



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