○●○walking a tightrope○●○


「…ありません」
三谷は唇を噛んだ。
新しい碁会所で、いつものように賭け碁をしていた。 見かけない客が入って来て、からかってやろうと賭け碁を持ちかけ、一局打ったのだ。一つ返事で承諾された時に少し予感したが、強かった。
「ありがとう」
男は三谷から金を受け取りながら、にやりと笑った。
三谷はあらためてカモを狙い損なったことを認識した。今日はもうお開きだ。日が悪かった。三谷は碁会所を出た。
負けた時の虚しさはいつになっても慣れない。自分の弱さを知るほど、もっと強くなりたいと思う。だから、負けることは悪くないのかも知れない。だが、進藤が囲碁部をやめてから、何となく張り合いがなくなっていた。それで自然と放課後は、相手のいる碁会所へ足が向き、 一度決めた賭け碁をしない決意も簡単に破ってしまった。あとはずるずると前と同じ、こづかいを稼ぐ生活。
「君、」
三谷が振り向くと、さっきの対局相手がいた。三谷は、何?というように眉をよせ、首を傾げた。
「強くなりたいんだろ?」
男の口元が笑っていた。
「別に」
「オレの顔知らないかな」
男は眼鏡を取り出しかけた。いつか筒井が持ってきた週刊碁で見かけた顔だ。男は三谷の表情が変わったのを見逃さなかった。
「さっき気づかなかった?」
「…あんなところでプロが賭け碁してちゃマズいんじゃない」
「ああ。返してやるよ」
男は、万札を三谷の胸ポケットに押し込んだ。代わりに生徒手帳を引き抜く。
「ちょっと何すんだ、」
「ふーん、葉瀬中の三谷くん、か。進藤知ってるかい?」
「あいつは囲碁部やめたし、もう関係ないよ」
言いながら、頬が熱くなった。気にしていないみたいで、実はずっと引っかかっている。進藤の勝手な行動。
「…早く返してよ」
三谷は催促した。
「オレともう一局打たないかい?」
男は手帳を返しながら言った。三谷は男の眼鏡の奥にある下心を読んだ。
「いいよ」
三谷はニヤリと笑った。これで新しいCDが何枚か買えるだろう。



三谷は体を起こした。見慣れない部屋に一瞬、どきりとする。
「起きたのか?」
振り向くと男が三谷の腕を引き寄せてきた。そうだった。三谷は成り行きを思い出し、されるがままになる。
「もう帰る時間かい?」
男の腕が三谷の体を抱きしめてきた。
「門限十一時だし、」
三谷はちらりとベッドサイドの時計を見た。
あと一時間と少し。日が落ちる前から寝ていたのか。少し呆れてしまう。さかりのついた男と、こんなに簡単に「男」とベッドインしてしまった自分。
「帰る」
三谷は男の手を剥がしてベッドを出る。
「洗ってやろうか」
男はそう言って笑い、起き上がった。


男の手が撫でるように三谷の体を滑り、シャボンを塗りつけていく。愛撫するかのようなその動きは三谷を満足させた。三谷はこだわりが少ないようで、実は好き嫌いが激しい。そんな自分を見抜き、なおかつ満足させる事が出来るものには一目置く。
「は…っ」
三谷は、一瞬浮かんだ門限のことをかき消して、心地よさに身を委ねた。
「痛っ」
男の指が滑り込み、さっき痛めた内奥をまた執拗に攻めはじめた。
「しみるんだけど、」
「わかってる」
三谷が涙を滲ませて訴えても、男は三谷の自由を奪うように抱きしめたまま、内奥に指を差し入れ、掻き回した。痛みは次第に快感を含んだ疼きに変わって、三谷を喘がせた。
「君は快楽に素直だね」
男は三谷の耳元で呟き、耳朶を柔らかく噛んだ。男の吐く息の生温かい感触が、三谷を無意識に震えさせた。顎を捉えられ、触れるだけのキスをする。
「そんなにイイかい?」
男の手が三谷のペニスを包む。少しきつく根元を握られ、そのまましごくようにする。
「ああ…っ」
「足を開くんだ。もっと感じたいだろう?」
三谷は我を忘れ、男の言うままに足を開いた。
こんなにも痛いし、もうやめて欲しいのに、言葉のままに動いてしまう。
「嫌、なんだ」
懇願する三谷に、男は、ああ、と相づちを打ち、差し込む指を増やした。
「あああっ、」
三谷は背中を反らせた。縋るようにもたれていた浴室の壁をずるずると滑る。男は三谷がしゃがみ込まないように支えた。
「んう、」
「しっかり立て」
三谷は深く刺さった男の指から逃れるために、壁に寄りかかった。
「うー」
三谷は耐え切れなくなり抗議の声を吐いた。逃げるように腰を捻っても逃げられない。与えられる刺激が、隙なく三谷を駆り立てる。
「ああ、あ」
「もっと動いてみろ」
男が嬉しそうに言うので、逃げるのはやめにした。唇が震え、もう言葉になりようがない。耐えるように目を瞑る。
男の手に翻弄され、三谷の赤みを帯びた唇から荒い息遣いが漏れる。浴室に時折響くあられもない声。男の意図通りに喘がせられていることに悔しさを覚えながら、それでも心地よさから逃れられないでいる。
「っ」
不意に指が引き抜かれ、ペニスを挿入された。
男の右手が三谷の手を押さえつけるように包む。一方はまだ三谷のものを堪えさせている。じっと俯くようにして耐える。
「かわいいよ、三谷くん」
「ふ、」
三谷が思わず自嘲気味に笑うと男の動きが激しくなった。
「あっあっあっ」
肩で息をする三谷のことなど気遣う様子もなく、非情に打ち込まれる。壊される。分かっているけれど、やめられない。
男の手が三谷の腕を撫で、脇へ滑り下りた。石鹸がついたままの体の上を滑らかに動く。下腹まで撫でてから上がり、三谷の乳首を指で挟む。それだけで三谷は身を捩った。
「感じやすい体だ」
「やめろ」
与えられた愛撫で上気していた三谷の頬が、さらに赤くなった。
「知ってたか、自分の体を」
男はさらに続ける。
「知らねえよっ」
三谷が叫ぶと、乳首を弄っていた手がはなれ、機嫌を取るように首の後ろを優しく撫でてきた。つられて動きが緩慢になる。
「はあ、はあ、ああ」
焦らされるようで辛い。身体が快楽で痺れてしまっている。
規則的で穏やかな波が打ち込まれていく。三谷は恍惚に委ねそうになる意識を必死で引き止めた。
下を向いたまま目を開けると、掴まれたままの自分のペニスが見えて、三谷の興奮が高まった。三谷のペニスの変化にすぐに気づき、男の手がさらに力をこめた。三谷は呻いた。
「…まだ時間あるかな」
男が再び動き出す。リズムの変化についていけず、三谷が倒れた。抱きとめられた瞬間、戒めをなくした三谷のペニスが弾ける。
「終わりにしようか」
男は朦朧とした三谷にキスをすると、四つん這いにさせた。
三谷は犯されている間、濡れた前髪から水滴が飛び散るのをぼんやりと見ていた。


身支度を済ませると、男は財布から万札を数枚出して三谷に渡した。
「こんなに、くれんの?」
「不満?」
「いや、」
急いで取り消す。まさかこんなに貰えるとは思っていなかったのだ。
「君は自分で思ってるよりずっと価値のある人間だよ」
「…」
真顔でそんなことをいう男から、思わず目を逸らす。
この男の言葉は三谷には少し軽薄に聞こえる。
「でも相手はオレだけだ。いいな」
三谷は頷いた。
「次はちゃんと打とう」
男はメモに自分のケータイナンバーを走り書きすると三谷に渡した。
「打ちたい時は連絡してこい」


「この辺でいい」
人気の少なくなった大通りの外れに来ると、三谷は言った。人に見られるとまずい。
「じゃ、」
男は気障に笑った。
車を見送ると、時計塔を見上げた。あと十五分で十一時になる。
三谷は視線を落とし、足もとのタイルを見つめながら歩き出した。
ちくりと刺す胸の痛みをかき消して、新しいCDのことを考える。
明日、新譜を買いに行こう。
新しい服も欲しいから、きっと、傷が癒える前に会うのだろう。
三谷はポケットの中のメモを握り締めた。

Copyright © 2002 SHURI All Rights Reserved

NEXT