○●○Raindrops○●○
三谷は夜のコンビニで立ち読みしながら、イライラしていた。
連絡するなら今しかない。家から電話するのは無理だ。
後ろめたさもあったし、
何より姉が自分の動きを母親よろしく嗅ぎ付けるに決まってる。
残念ながら、三谷はケータイを持っていないので、外からかけるしかない。
三谷は、まだ決心がつかなかった。
チェックしていた新譜CDは全て買えたし、その上まだ
好きなブランドの新作を買える金が財布に残っていた。
金銭感覚が確実に麻痺するだろう。若手トッププロ、そんなに儲かるのか…。
そこまで考えて、はっと思い出す。
あのプロ棋士は言っていたはずだ。次は打とう、と。
三谷はセックスの代償に金を貰うことばかり考えていたことに気づき、
顔から火が出そうになった。急いで雑誌で顔を隠す。
しかしお陰で電話をかける理由が見つかった。
そうだ、碁を打ちに行くんだ、相手はプロ。絶対勉強になるはずだ。
都合のいい大義名分を繰り返しながら、
表に出、電話の前に立った。
ポケットから、あのメモを出す。
何度も確かめながら、ボタンを押した。
三回鳴って、声がした。
「もしもし?」
耳元で三谷に囁いた声だ。まだ数日しか経っていないから、耳に残っている。
三谷はらしくなく上がった。
「あ、」
「…三谷くん?」
「…」
男に見えるはずもないのに、三谷は頷いた。
「…明日来るかい」
「お、お願いします」
「迎えに出ようか」
「い、いえ、行けます、一人で」
心臓がばくばく音を立てている。何を興奮してるんだ、俺。
「場所わかるかい? 一応言おうか」
「はい」
三谷はペンを出した。用意は周到だ。
「…じゃあ、待ってるよ」
男が電話を切っても、三谷は受話器を持ったまま立ち尽くしていた。
「祐輝」
聞き慣れた声に、飛び上がる。
「何してんの? 電話?」
「きゅ、急に声かけんじゃねえよ」
三谷は不意に現れた姉に吐き捨てると、メモを掴んで逃げ出した。
「ちょっと! 待ちなさいよ」
バイト帰りの姉が、三谷を追いかけてくる。タイミングが悪すぎる。
なんて言い訳しようか。どこから聞かれた?
「もう、逃げ出すことないじゃない」
歩き出した三谷に追いついて、姉も歩き出す。
「女の子?」
「うっせ」
興味津々に聞いてくる姉にぶっきらぼうに吐き捨てた。姉は
臆することもなく笑った。
午前中から家を出て、買い物をし、時間を潰した。
緒方の部屋の前まで来ると、インターホンを押す指が躊躇した。
碁を打ちに来た。それだけだ。
三谷は最後にもう一度繰り返して、インターホンを押した。
ドアが開いた。
「やあ、待ってたよ」
男が笑った。
寝室のドアは閉じられている。それでも三谷は緊張した。
「早速打つかい? 座って」
三谷は軽く会釈すると高価そうな碁盤の前に座った。武者震いした。こんなのは大会以来だ。
三谷の目を見た緒方が微かに目を細めた。
検討が済むと、緒方はコーヒーを出してくれた。
三谷は男の問いに一つ一つ答えながら時計を気にする。まだ夕方だ。
そろそろ帰ります、と言いかけると、男の手が三谷の手を掴んだ。
三谷はじっとしていた。金が欲しい。早く帰りたい。どちらも自分の気持ち。
「おいで」
眼鏡を取ると男は、三谷をソファに座らせた。
新しいジーンズのジッパーを下ろす。
三谷は声も上げずその光景を凝視していた。どうなるのだろう。
どうなってしまうのだろう。これでいいんだろうか。
「大丈夫?」
男が泣き出しそうな三谷を覗き込んだ。
「…服が。買ったばっかなんだ」
たどたどしく漏らすと、男は頷き、
三谷の肩を掴みゆっくりと押し倒した。
「!」
緒方は、三谷の足を上げさせ一気に脱がせた。
「や、やっぱりいやだ」
三谷の言葉を聞かず、緒方は非情に事を進めた。
足を開かせ、顔を埋める。
「うわ、」
ペニスを咥えられて、三谷が体を強ばらせた。
逃げようとする体をソファに押しつけるようにして、吸い上げる。
三谷が悲鳴を上げた。
「や、」
男の手を引き剥がそうとしても無駄だった。
膝の裏を掴まれて抱え上げられ、三谷は成す術も無く、
与えられる愛撫に反応することしかできなかった。
「やだ、はなせ、いやだって言ってんだろ!」
口だけでも抵抗を試みる。しかし男は黙殺した。
「ああっ、あああ」
男の唇が三谷のペニスを含んだままスライドする。
男の指が反応したそれを分からせるように、根元からなぞった。
三谷は涙を滲ませた。
舌で丁寧に清められ、受け止められ、宥められ、弄られ、
最後にきつく吸い上げられて、三谷は達した。
男は吐き出されたそれを、三谷の癒えていない傷跡に舌で塗りつけはじめた。
「ああ」
三谷が身を捩って逃れようとする。濡らされたそこは、
男の舌がはなれる度ひんやりとした。
「待っていたんだろう。俺も寂しかったよ。三谷くん」
男の手が三谷の膝を胸に押しつけるように押さえつけた。
「んんんう」
無理な体勢を取らされ、男のものがあてがわれる。
三谷の悲鳴が部屋に響いた。
「俺が怖いかい?」
深く沈み込んだ緒方は、両足を解放し、
涙で濡れた三谷の顔を拭い、キスをした。
青ざめた顔で震えていた三谷の頬に微かに赤みがさす。
緒方は満足そうに微笑み、三谷のシャツのボタンに手をかけた。
三谷の新しい服を全て剥ぎ取る。
「ずっと君のことを考えていた。変わってるな、君は」
何も言わない三谷に、まあいい、と呟くと動き出した。
「はい」
緒方が差し出したそれを、三谷は受け取り、無造作に財布に入れた。
「俺、そんなに変わってるかな」
緒方に背を向けたまま、ぽつりと呟く。
「…欲しいものがたくさんあるんだ。金がいるんだよ。
あんただって俺を利用してるだろ」
「別に責めてるわけじゃないよ」
緒方が言う。
「性欲処理を手伝ってもらったから、
見返りにお金をあげただけだ。お互い様さ」
三谷の表情が微かに強ばった。
その様子を見、緒方は少し考えてから、
そっと三谷の肩を抱き、耳元で囁いた。
「…」
三谷は動揺を隠すように頭を掻いた。
三谷の目が、まだ潤んでいた。
チラリ、と熱っぽく緒方を見、視線を戻す。
「帰る」
「気をつけて」
緒方が言うと、三谷は振り返った。
「何かヘンじゃねえ? 何でもないのに、気をつけてなんてヘンだ」
三谷の言葉に、わからないというように緒方は瞬きをした。
マンションを出ると雨が降っていた。
三谷は構わず、濡れながら歩いた。
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