二人と一匹 [1] (ワンピース パラレル ゾロ ナミ サンジ)

住み込みのコック求む。


コンビニのゴミ箱で拾った求人雑誌に、その求人は載っていた。
最後のタバコを咥え、空き箱を捨てようとした時、 ゴミ箱からはみ出していたそれを見つけた。すぐに引き出して、 公園の片隅でページを繰った。
レストランなどの求人ではなく、個人宅の名前が出ていた。 珍しい求人だ。どこかの金持ちだろう。
もう三日、野宿していた。
日付を確認し、すぐに電話した。 女が眠っていたような声で出た。機嫌が悪そうにサンジの言葉を聞いてから、 昼に来てと住所を言った。
公園の水道で顔を洗って、商店街の衣料品店の店先に出された 五百円の柄入りシャツを買った。 ぱっと見、チンピラ風だったが、 今の格好のままよりはマシだと思うことにした。 丁度昼になったので、雇い主の家へ向かった。


「すげーマンション…」
白くて美しい外観。見晴らしのいい高台にある六階建てで、 バラの蔓をかたどったようなバルコニーの 柵が、ぐるりと周囲を取り囲んでいる。 ホールは大理石で、ピカピカに光っていた。 強化ガラスらしい自動ドアが二重になっている。 最初のドアを入ったところで、部屋の住人を呼び出せと書いてあった。
ホールの中には、詰め所があって、 管理人だか警備員だか、顔色の悪い男がいる。 カウンターからこちらを睨んでいた。
「えっと、500、と」
サンジは頭に叩き込んだ部屋番号を押した。すぐに女の声がした。 住み込みの仕事の件で、とサンジが伝えたら、 上がってきて、と言った。二つ目の自動ドアが開いた。

大理石の床を、自分のような人間が踏むのは、申し訳ない気がした。 カウンターの男に軽く会釈して、エレベーターに乗る。
エレベーターの内装は繊細な装飾が施されて、 ホテルか何かのようだった。
この格好、マズかったかな…。
ドアを開いて姿を見られた瞬間、即刻駄目になりそうだ。
擦りきれたジーンズに、柄のシャツ、靴は一応磨いてあるが、 第一印象は最悪だ。とにかく、料理の味を知ってもらわないと。
五階。エレベーターを下りたら、すぐドアがあった。 ワンフロアに一戸しか、なかった。



インターホンを押したら、すぐにドアが開いた。
明るい色の髪を耳にかけた、快活そうな美少女。
「コックさん?」
「は、はい!」
少女はサンジの姿を上から下まで値踏みして、入って、と言った。
彼女について中へ入る。靴は脱がなかった。
きちんと伸びた背筋が美しい。 ブランドもののシャツに、ミニスカート。ラインが安物とは違うのは もちろんだが、それ以上に彼女のプロポーションは見事だった。 大きな胸に、細いウエスト、スカートから出た太股は 適度に引き締まっていて、いやらしくなくおいしそうだった。
天井は高い。圧迫感のない廊下には、 海をテーマにした洒落た絵が飾られ、 洗練された調度品が整然と並んでいる。
「そこはリビング、」
彼女が指したので少し覗いた。 リビングには豪華なシャンデリア。抱き合ってダンスを踊れそうな 素敵な広さだ。ふかふかのソファが、広い部屋の三面を巡っていて、 ガラスのテーブルはピカピカに磨き上げられていた。
「こっちよ」
サンジはリビングから離れ、小さな部屋へ入った。ここには シンプルで美しいフォルムの木製テーブルセットがしつらえてあった。
彼女に続いて奥のキッチンに入った。 完全に仕切られて、一つの部屋のような状態になっていた。
少女はキッチンの腰掛けにかけて、足を組んだ。
ミニスカートの内股を見てサンジは唾を飲んだ。
「悪いんだけど、今夜パーティーの予定があるんだ。 何か作れる? 私入れて六人」
いきなり? もう採用? いや試用なのか?
サンジはドキドキしながら口を開いた。
「はい。何かご希望があれば、」
「材料費はここから使って」
少女は札束の入った封筒を、キッチンカウンターの 引き出しから取り出した。
「まあこれでひと月もたせてくれたらいいわ」
「はぁ?!」
サンジは顎が落ちそうになった。足りなくなることはたぶん、 まず、ない、…かもしれない。
「足りなくなったら言って。マズイものは食べたくないの。 普段は私の分だけで結構だから。外食する時は事前に言うわ。 お給料は六十万。外食が多くても、パーティーが多くても、月六十万よ」
サンジはあっけに取られて言葉を失った。
「採用って言ってるの。前のコックが急にやめちゃって、困ってるのよ。 見た目は下品だけど、腕には自信あるわよね? 私、これでも人を見る目はあるの」
「は、はい! もう、頑張ります! ありがとうございます!」
「とりあえず、買い出しに行って、六時からのパーティーに 間に合わせて。あなたの格好、どうにかした方がいいわね… お給料半額前払いにしてあげるから、ちゃんとした仕事着と、 見苦しくない普段着、買ってきなさいよ」
少女は言って、キッチンを出た。入ったのとは違うドアからだ。 すぐにリビングへ出た。
「こっち、」
手招いてソファの上の、ブランド物のバッグを取り、財布を取りだす。
手早く数えて、三十万。五分前の自分の持ち金は32円。 もうタバコも買えなかった。ものすごい展開だった。 万札を三十枚持った手が震えた。
「若い子ばかりだから、料理はフランクなものがいいけど、 味にはうるさいわよ。ワインに合うものも欲しいな。 コースとかじゃなくて、こう、テーブルに並べて、 好きにお皿に取れるようなのがいいわ。 あ、飲めない子もいるから、何かおしゃれな飲み物作ってね」
「はい。デザートも何かあるといいですよね」
「そうね。アイスケーキみたいなのが食べたいわ。フルーツも。 そうね、二、三種類を皆で切り分けられるといいかも」
少女はきびきびとしていた。ものをはっきり言ってくれるので、 料理のイメージがしやすかった。働きやすそうだ。 サンジはコンビニのゴミ箱に感謝した。 あの雑誌を捨てた誰かにも。
前のコックが揃えたワインセラーを見せてもらった。 冷蔵庫や棚をチェックして、メニューを考える。
少女が合鍵を渡しに来た。
「ギンさんには言っておくから、通してもらってね」
「はい?」
「下にいたでしょ、警備の人」
「ああ…」
顔色の悪い男。目付きも悪かった。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
サンジは合鍵を手に立ち上がった。
「私は六時に友達と帰ってくるから、頼むわね」
「まかせてください、えっと、」
「ナミよ」
「ナミさん! 素敵な名前だ!」
「ありがと、…」
「サンジです!」
「そう。サンジくんよろしくね」
ナミが微笑んで手を振り、ドアを閉めた。
かっわいいい!
彼女と一つ屋根の下?!
ウッキウキだ。神様センキュー。
サンジは鼻歌を歌いながら、ホールを出た。
ギンは相変わらず睨んでいた。




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