箱の中の憂鬱 一(銀魂 銀時×新八)
自販機は夜に煌々と光り、まぶしさと後ろめたさとに、少し目を細めた。
確認するまでもなかったが、人気のないのを確かめた。
ジャンプを買いに行く、そう言って万事屋を出た。嘘じゃない。
証拠にちゃんと袋の中にはジャンプがある。
ありったけの小銭をかき集めて、ボタンを押すと、商品が落ちてきた。
これは決して恥ずかしいものなんかじゃない。必要なものだ。
生理的なものを解消するときに、そういう事態や、ああいう事態を予防するために使うものだ。
いつもするように、俺は無造作にその箱を取って、懐へ入れた。
あいつのことを考えながら、ゆっくりと歩いた。
「銀さん! 銀さん! 朝ですから! 何でこんなとこで寝るんですかもー」
「…ん」
うるさい奴が。もう朝なのか。
「もうちょい寝かせろ」
寝返りを打って、深く息を吐く。ポロリ、という感覚がしたが、すぐに遠ざかった。再び夢の世界へ。
「銀、さん…コレ」
新八の声が固まった。凍る気配にスッと覚めて、目を開けた。
「…懐から落ちました」
新八は頬を赤らめてそれを俺に押し付けた。
「別に、軽蔑とかはしませんけど! 銀さん大人だし! でも隠しとくくらいの気遣いは欲しいですよね!
神楽ちゃんもいるんだし!! 僕でよかったですよ、ホントに!」
「あっ、コレ、いや、新八!」
新八は台所へ行ってしまった。
「ああ、バカ…」
頭を掻いた。
新八の目に触れないように注意していたはずが、懐に入れたまま寝てしまうとは。大失態だ。
足を下ろし、ソファに座る体勢になる。
「…」
しかも朝立ちですか。そーですか。
日が落ちて少し気だるい時間、テレビだけが騒いでいた。
誰も喋らない。もう数時間喋ってない。
俺は寝てるか、テレビ見るか、食べてるか、ジャンプ読んでるか。
新八は朝から通帳と家計簿とずっとにらめっこしている。
何度計算しても額は増えないんだという現実をなかなか認められずにいるらしい。
酢昆布をつまみにだらだらテレビを見ている神楽に、まったり眠っている定春。
「ふう…」
新八がついにどうしようもない現実に葛藤することをやめたらしく、金庫をしまい、明かりをつけた。
まぶしさに、自分を取り戻す。新八が、神楽が、定春が伸びをした。
「君たち、若いんだから一日一度は日に当たりなさいよ」
「フラフラ出歩いて、行方不明になるよりマシです」
新八は、フン、とあっちを向いた。
「あれ? 新八君、それ俺のこと?」
新八は軽蔑の眼差しをくれる。
「俺は勤務時間中に行方をくらましたことはないぞ、心外な」
「嘘つけ!」
びしりと切り捨てられた。
「いくらヒマだって、急に依頼が来ることも、時間外にはいることだってあるんです。
アンタがいなくちゃ受けるに受けられない時だってあるんです!」
「たとえば?」
「た、たとえば…って」
新八は言葉に詰まった。
「だから…、日常の細かいことがいっぱい重なって僕には負担なんです!
一つ一つは取り立てて言うほどのことはなくても、全体として手間なんだよ、アンタがいないと!」
黙って冷えた緑茶を飲んだ。
「アンタ探すのにどれだけ苦労してると思ってんだ!」
「…いいよ。ぜーんぶお前に任す」
やる気なく椅子を回して一回転した。ぴたっと正面に戻ったら神楽と目が合った。微笑み合った。
新八の眉間に皺が寄る。
「僕では責任取れませんよ。手が足りない時だってあるし、」
「ま、責任となるとアレだけど、客がいっぱい来て困ることなんてなくね?」
デスクの新聞を取り上げる。
「銀ちゃん、逆さま逆さま」
神楽が酢昆布を噛みながらツっこんだ。
新八がムっとする。いらんところで突っ込むな神楽。
「…どうせ僕がウルサイんでしょう。わかってますよ!」
新八はお疲れ様でした!と部屋を出て行った。
「夕飯まだなのに帰っちゃったアル。銀ちゃんどうする?」
神楽の腹が鳴った。
「呼び戻せ」
「おう!」
ドタドタと走っていく。戸を開ける音。上から叫ぶ。
しんぱちぃーゴハンはあ?
いりませんよ!
食べていきなよ。私が食っちゃうあるヨぉー
いいですよあげますよ!
引くに引けなくなっているらしい。
「もういいよ神楽、ほっとけ」
エプロンをつけながら呼びかけた。
「駄目アルよ! 家族は一緒にゴハン食うアル!」
これだけは譲れないというように言って、神楽は階段を下りて行った。
新八は帰ってくるだろう。
新八も俺も、神楽のそんなところに弱い。
「しょうゆ」
新八に差し出すと、何も言わず受け取って焼き魚にかけ、テーブルに置く。
俺を視界に入れまいとするかのように、俯きがちに、俺の作った夕食を食べている。
新八と俺が交代で作り、神楽は手伝い。皿は自分で洗う。
いつのまにか決まっていた分担は、こんな気まずい夜も変わらない。
「おかわり!」
神楽の茶碗を受け取って、飯をよそう新八。
眼鏡を曇るのを気にしながら味噌汁をすする新八。唇。慌てて目をそらした。
皿を洗い終えて振り向くと、新八が皿を持って順番待ちしていた。
「…」
場所を空けて目配せすると、隣に立った。手を拭き、行こうとしたら俺の袖を取った。
「べ、別に管理したいわけじゃありませんから! 必要な時に連絡つかないのが歯痒いだけで!」
前を向いたままで言った。けれど引き止めた手は離れない。
「ごめんな新ちゃん。今度から言うからさ。約束する」
袖を離さない新八の手をそっと取ったら、やっぱり怯んだ。だからそのまま解放した。
新八は俺を見た。
「…お前、なんか背伸びたな」
意識せず口から出た言葉に、俺のほうが驚いた。
「そ、ですか…」
新八は顔を赤くして視線を落とす。
眼鏡の奥で瞬く瞳、いまだ子供じみた頬の柔らかい感じ。
もうちょっと小さい新八も、もう少し小さい新八も、あの日からの新八を、俺は抱いてない。
たった二ヶ月の間に、ガキは変わっちまう。
「あの…銀さん、」
新八が言いかけた。
「新八ー。私もうちょっと食べたいアル」
神楽が入ってきたので、離れた。自然を装って風呂を入れにいった。
栓をひねる。勢いよく湯が落ちる。
釣った魚にエサはやりません、か。
正直な話、心に突き刺さったままだ。新八らしい強がりとわかっている。そんな余裕もないくせに、とも思っている。
それでも結果的にはその通りになっている。言霊ってのは怖い。
息をはいて、そのまましゃがみこむ。銀さんはこんなに気を使うキャラじゃなかったんだが。
「銀ちゃーん、ババアがくれたみかんゼリー食べてもいい?」
神楽が背後から呼びかけた。
「ああ」
振り向きもせずに答える。
「やったあ! 新八、銀ちゃんがくれるって!」
…無垢なお子様め。
堪えるように目を閉じて、開く。
湯船に湯が溜まっていくのをじっと見据えた。
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露骨な感じで