箱の中の憂鬱 ニ(銀魂 銀時×新八)

天パが雨に濡れて、雫を落とした。
「あーもう、帰りにドシャ降りなんてサイッテーだ」
新八が買い物袋を手に、喚きながら万事屋への階段を上がって行く。
「神楽ちゃーん、ただいまー。拭くもの持ってきて」
ガラリと引き戸を開けて、中へ叫ぶ。
「酢昆布はー?」
神楽の声。
「中に入ってる。先に他のもの冷蔵庫にしまって」
「アイヨー。お風呂入ってるアルよ、銀ちゃんは?」
「もう上がってくると思う」
いつ帰ったって、万事屋の中はがらんとしていた。 それは俺だけの空間で、俺が出て行けば空になった。
なのに今は俺が居なくたって騒がしい。こいつらのお陰で。
「ったく、雨の予報あったか?」
中に入ると、玄関口で顔を拭っている新八が俺を見た。
「銀ちゃんもずぶ濡れアル!」
「笑ってんじゃねえよ。酢昆布やんねえぞ」
座ると、ドチャ、と水を含んだ音がした。苦労してブーツを脱ぐ。
「銀さん風呂入るから」
「ちょっと待って!ジャンケンです!」
「ジャンケンも何もね、風邪引くの嫌だからね」
「僕だってヤですよ!」
新八が眼鏡を取った。
「一緒に入ればいいアル」
「こらこらうちの風呂は温泉じゃないんだから。狭いんだよ神楽」
「そうだよ、男二人なんてムサくて落ち着かない」
「おいおい、ムサいってのはゴリラに対して使う言葉だろう、俺は清潔極まりないぞ」
「じゃあ、早い者勝ちアルか?」
「!」
脱ぎながら風呂へ走った。風呂の戸を閉めたとき、目の前には俺と同様、裸の新八がいた。
「出てってください!」
「いや、お前が出てけば」
「僕の方が早かったです!」
「へくしゅ!」
思いっきりくしゃみが出た。ぞくり、と背筋が寒くなった。
「…もう!」
諦めたように新八が出て行こうとしたから、引きとめた。
「お前まで倒れたら仕事にならねえからな」
湯を汲んで、新八にぶっかけた。
「何すんですか!」
「さっさと体洗って浸かれ」
新八は俺に背を向けた。
変な沈黙。
「石鹸」
髪を洗い終えて、新八を振り向く。
「ハイ」
振り向きざまに渡そうとした新八の手から、つるん、と逃げた。二人とも、思わず手を伸ばした。
次の瞬間、バランスを崩した。それだけだ。
「…」
新八がびっくりしたように見上げていた。
覆いかぶさるように、俺は手をついていた。
「…だ、大丈夫か」
「だい、じょうぶ、です」
互いから目が離れなかった。
新八も俺も、本気で驚き、真剣に困っていた。新八を組み敷くような体勢のまま、 離れるタイミングが計れず、ただ見つめあった。
「へくしゅ!」
くしゃみで新八から顔を背けたのをきっかけに、俺は注意深く新八の上からどいた。 新八は泡だらけの上体を起こし、すぐに背中を向けた。
気まずい。
転がった石鹸を取った。すばやく身体を洗って流す。この空間から早く解放されたかった。
「先に入るぞ」
「…どうぞ」
新八は髪を洗っていた。濡れた背中を泡が滑り落ちていく。尻を撫でるようにして、ボタボタと落ちた。
参ったな。事故とはいえ、ああいう体勢になってしまうと、意識せざるを得ない。俺は新八から目を背けた。
栓をひねって湯を足した。体が芯から温まっていく。気持ちよくて息が漏れた。
桶が肩に当たった。
「いて」
「ごめん銀さん、」
新八は目を閉じたまま湯を汲もうと苦戦している。 いつもと違う向きだから感覚がわからないんだろう。
「流すぞ」
桶を奪って湯を汲んだ。
「いーです! いーです! やめてください!」
新八は遠慮というよりは嫌がっている。
「目ぇつぶれ」
「もう!」
新八が息を止める。泡が流されて首筋に黒髪がへばりつく。
「自分でやりますから!」
顔を拭き、俺を睨む。
「ハイハイ悪かったよ」
桶に湯を汲んで渡してやる。
「…やっぱり、今日は帰ります」
新八が言った。
「え? これから? 雨ん中帰んの?」
「さっきより雨足マシになってると思うし、」
「おま、確実に湯冷めするから。今夜は泊まってけ」
「いいです!」
「鑑賞会やろうぜ。エロビ借りてきたし」
新八は真っ赤になって顔を背けた。
「いいです! 大体、銀さんがレンタル屋に寄ろうなんて言い出さなきゃ、降られずに帰れたのに」
「どっちみち降られたって」
桶を取って湯を汲み、小さく震える身体にかけてやった。
「新八、」
そっと手を伸ばしたら、ちょん、と、新八の唇に指が当たった。
「あ、すまん」
黙って見つめあった。そっと顎に残った泡を拭ったら、新八は緊張した。肌が濡れて光っている。
新八の目に、全部見透かされているような気がして、俺も緊張した。
「…俺上がるから、お前入れ」
ざばっと、立ち上がった。俺のが、ちょうど座ったままの新八の目の前に、あらわになった。
新八の顔色がすっと変わった。
…やっちまった。
「ま…帰りたいなら帰れ。風邪さえ引かねえなら、何でもいいや」
取り繕うこともできず、そんなふうに新八に同意してやることしか出来なかった。新八は俯いたままだ。
「暖まって帰れよ」
もう新八の顔は見られなかった。風呂を出て身体を拭き、バスタオルを腰に巻いたまま、着替えに行く。 見ると、転々と玄関から脱ぎ捨てた新八と俺の服がない。
「ちょっと煽っただけで、風呂の取り合いなんてかっこ悪いアル」
神楽が台所で新八と俺の服を絞っていた。濡れた床は拭いてある。
「いやー、気が利くな神楽。珍しい」
「酢昆布、湿気てたアル」
不満そうに呟く。
「しょうがねーだろ、急に降って来たんだから。また買えよ。へくしゅ!」
肩にかけたタオルで髪を拭いた。
着替えて布団を敷き、髪を拭きながら、寝る体勢でジャンプを読んだ。
「銀ちゃんもう寝るアルか?」
しばらくして神楽が襖を開けた。
「ああ、夜更かしすんなよ」
「新八帰るって」
「ああ。お前が戸締りすんだぞ。銀さんもう寝るから」
「…銀ちゃん、」
神楽の顔が、何となく不安そうに見えた。
「大丈夫アルか?」
あーあ、ガキにまで心配させて。
「風邪ひきたくねえからさ。おやすみ神楽」
ジャンプを押しやって、明かりを消し、布団を頭から被った。
大人げなかろうがもう、今の俺にはこれ以外に出来ることがない。
倒れたのはわざとじゃねえし。新八だってそれはわかってるはずだ。
でも鑑賞会とか言っちゃった後で、あれはねえよ。あれは。
もうちょっとこう、隠すとか。恥じらいを持ちなさいよ俺。
いや、でも隠すのもわざとらしいだろ。風呂に入った時点で俺もあいつも裸だったんだし。
意識する方がヘンなんだよ。何が悪いんだよ。別に勃ってたわけでもなし。 お前にも同じもんついてんだろうが。
「…」
布団なんか被らなくても、もう部屋は真っ暗で、雨の音が聞こえる。
…違うんだよな。
俺のはお前を傷つけたんだよな。怖くて当然だよな。
布団の中でそれを握った。目をつぶり、思い浮かべて、集中した。
狭くて苦しい。声。しがみついてくる。快楽。 唇を合わせたときの、不思議な静けさ。からだごと、溶け合う。
新八。
凹んでても掻いちまうなんて高等な心情、ガキにはわかんねえだろ。
帰って正解だバカ。



Copyright © 2002-2006 SHURI All Rights Reserved