感触 Tenth Touch


ふしゅー。
自主トレを休まされて、少し苛ついていた。 乾は話があると言いながら、はぐらかしてばかりだ。 広い家には家人は居らず、そのまま乾の部屋へ入る。
乾との記憶は一人の時、少しの切なさを持って反芻したりもしたが、 今はテニスだけ。乾と勝つためだけに毎日がある。 乾の姿からも真剣さが伺えて、 海堂はいい意味で刺激を受けていた。
乾の部屋に来るのは、数学を教えてもらいに来て以来だ。
「まあ座れよ、今何か飲み物持って来るよ」
「話ってなんスか、」
「お楽しみは後で」
「何がお楽しみだ、」
海堂は荷物を隅に置くと、乾の机を見た。整然と並べられている 本棚から、テニスの本を一冊取り、中をめくる。 ダブルスの項は所々線で強調され、書込みでいっぱいだった。 海堂は小さく笑った。先輩らしい。




「ごめんごめん、何かこんなものしかなかったけど」
海堂がフルーツジュースを見て少し嬉しそうな顔をしたので、 乾は目を細めた。
「根をつめすぎてもね、たまには体を休ませるのもいいだろう」
乾が笑う。海堂はその言葉には目で抗議しながら、ジュースを飲み干した。 ちゃんと百パーセントだ。
「で、話って何すか」
「ああ、うん」
乾もグラスを置いた。
「お前は放っておかれると俺を目で追うくせに、 自分が他に気を取られると、こっちのことなんかお構いなしだな」
乾が抑揚のない声で言った。何か不穏な感じがして、無意識に後ずさった。
「海堂、」
乾が両手を捕らえた。
「もう我慢できない」
「放せ! 何考えてんだ変態」
机の横の壁に押し付けられて、海堂はもがいた。
「変態でいいよ」
真顔で言って、乾は片手で海堂のシャツのボタンをはずしていった。
「俺の感触、もう忘れた頃だろう」
乾は言いながら、海堂の腹を撫でて、胸へ滑らせた。
…ずっと遊びの続きだったのか?
海堂は面食らいながら、氷帝戦後の自分の態度を思い返した。 乾の真剣な眼差しは、次のランキング戦、次の試合の為にテニスに打ち込む それだと思っていた。
「先輩、俺は真面目に、」
言いかけた海堂の唇に人差し指を当てる。
「わかってるよ、海堂」
乾が囁くように言った。
「アッ、」
海堂の体がビクリと跳ねた。乾の指が乳首をくすぐる。
「先輩…っ」
「…どうして俺の遊びに乗ろうと思った?」
乾が耳たぶを口で弄んだ。体の力が抜けて、 ぐらりと倒れかかると、すぐに支えられた。 もう一度壁に押し付けられ、脇に片手をつかれて逃げ場がなくなった。 乾の手が触れると肌が熱くなる。海堂は息を荒くした。
「先輩、が」
押し込めていた感情が溢れ出してきて、涙が出た。
「俺のこと好きだから…っす」
海堂は俯いた。
「お前が俺を好きなんだよ」
「違う」
降ってきた乾の声に、海堂は下を向いたまま首を振った。
「俺とやりたくてしょうがねえくせに、我慢して楽しんで」
乾を責めるように見上げた。頬が熱い。
「一人で掻いてたんだろ」
「…」
乾が眼鏡で表情を隠し沈黙する。
「…ダメ?」
乾は数秒で開き直り、口元に笑みを浮かべた。 海堂は小さく吹き出し、堪えるように横を向いた。 本当にどうかしてる。先輩も、自分も。
「…俺もそういう先輩でイけます」
顔から火が出そうだった。
「俺にキスした時の表情かお、良かったっす」
ちらりと乾を見て、視線を落とす。
「また口でして欲しいっす。先輩の眼鏡に、かけたい」
「…海堂」
乾は困ったように笑った。 少し考えた後、眼鏡を取る。
「…キスしてもいい?」
海堂の肩に触れる。
「嫌っす」
海堂は乾を睨んでみせた。
「遊びなんだ」
乾は笑みを浮かべ、素早く海堂のベルトを解き、ファスナーを下ろした。
「嫌だ」
訴えてもすぐに飲み込まれる。 この間よりも少し激しいキスに、海堂は朦朧とした。 屈折してる。そういう所が好きだ。
「!」
海堂はぎゅっと目を瞑って、じっとしていた。 乾の手の平に包まれたそれに熱が集まっていく。 親指が弱い場所をゆっくりと撫でるように動いて、海堂の膝が震えた。
「第二戦まで少し日があるから、大丈夫だろう」
耳元で囁く声。
「先輩…っ」
崩れ落ちそうになった海堂を、乾が受けとめた。




「…」
海堂は寝返りを打ち、虚ろに天井を見上げた。思考が戻ってきた。
「大丈夫か?」
乾の声がする。
「今度は二日じゃ済まねえ…」
擦れた声で訴える。横になっていても体の奥がズキズキする。
「逃げれば良かったんだ」
眼鏡のない顔で乾が言った。海堂がムッとする。
「お前がひぃひぃ言ってるのがすごくよかった」
乾はふふふ、と嫌な笑いを漏らした。
「先輩は…」
「何だ?」
「ひぃひぃ言わないんスか」
出来るだけぶっきらぼうに聞いた。頬が熱い。
「…見たい?」
乾は嘲笑うように言った。
「じゃあ頑張らなきゃ駄目だよ、海堂」
憎たらしくて、無性に欲しい。海堂は涙目になって睨んだ。



FIN



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