Private Blue T-1 厨房にひときわ大きな声が響く。包丁の音、油の弾ける音、 スープからもくもくと上がる湯気。ずらりと並んだガラの悪いコック達が、 わき目も振らず料理を完成させる様子は、ちょっと壮観だった。 サンジはまだ厨房に立たせてもらえない。お客に出すような代物でないと、 昨日もクソジジィに蹴り倒された。 運命の嵐から二年。クソジジィは船上レストランバラティエを開き、 サンジはそこで日々修行の身だ。 客に出す料理が作れないということは自然、下働きに近い。サンジは この日何度目かの生ゴミをまとめると、厨房を出た。 客が入れるレストラン部分と厨房とは、くっきり階で分かれている。 サンジは裏に回り、階段を降りた。レストランからは見えない位置に、 ゴミをまとめておく倉庫へさらに下りる階段がある。 客用デッキの端、スタッフオンリーの札が下げられた柵に 寄りかかるようにして、身なりのいい若い男が一人、 海を見ながらタバコをふかしていた。 着ているものは上等だが、男を包む空気はどことなくチンピラ風で、 ここの上客とは言えなさそうだ。 サンジは大した感慨も抱かず、ゴミ置き倉庫のドアを開けた。 男が音に気づき、覗き込むようにサンジを見たのを感じた。 サンジは無視して階段を降りた。 下働きの身では、ゴミ倉庫は毎日出入りする。 真っ暗で臭いがある。面倒で嫌いだ。 「くせえ」 サンジは鼻をつまんだ。 頻繁にゴミ収集が来るし、ジジィの方針で 出来るだけ無駄のない調理をしているが、 どうしても出てしまうものはしょうがない。 サンジは光の届いている三段目で立ち止まり、奥へ袋を 投げ込んだ。踵を返し駆け上がる。 ドアを閉めると、突然、背後に真っ黒な影が立った。 振り返ろうとした時には口を塞がれていた。 驚いて手足をばたつかせたが、遅かった。 さっきの男だった。柵を乗り越え、サンジが上がってくるのを 隠れて待っていたらしい。 「ここで働いてるの?」 サンジを羽交い締めにしているくせに、優しそうな声を作って話しかけてくる。 「何すんだ、はなせよ!」 手が離れたスキに男の指を思い切り噛んだ。背後を見上げると、 男の胸ポケットに入れたキザなハンカチが見えた。男の顔は曖昧だった。 「いててて!」 男は悲鳴を上げてサンジの口から指を抜いた。 「ガキが!」 男が逃げようとするサンジの腕を掴み、引き寄せる勢いでサンジの腹に 拳を入れた。 「!」 サンジは気絶した。
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