RUGA (ラーゼフォン 樹×綾人)
「疲れたろ」
カウンター越しにコーヒーを出すと、神名綾人はそっと頭を下げた。
彼にとって、自分は何だろう…。
全てを知っている自分にとって、綾人は何も知らず、そして何もかもを持っている存在だ。
話にしか聞かされていなかった兄が現れるまでは、自分なりの人生を歩んでいるのだと言い切れた。
財団によって生み出され、育てられたことも、
どんな子供も経験するであろう守られるための制限でしかない、と思えた。
今、目の前にいるのは、全く違う世界を経験したもう一人の自分。
ゆるやかな時間を生きた兄は、樹よりも幼かった。
あの頃の自分よりも、幼いと思えた。
「樹さん」
綾人はまだTERRAに馴染んでいない。TERRAの人間でないことを印象付け、綾人の好感を得た。
僕は君の敵ではない。
君を利用する悪い大人ではない。
直接的なことなど何一つ言わないでいい。だって僕らは同じ卵から生まれたのだから。
優しい顔をして、優しい言葉をかける。
僕の顔は、十ニ年後の君の顔に良く似ているだろう。けれどどす黒い心を隠している。
兄さん。心はどうしてあるんだろうね?
「…六堂博士の家では休めない?」
「えっ、いえ、違うんです。別にそういうことは…。おじさんもめぐみちゃんも、ハルカさんも、よくしてくれるし…」
綾人は慌てて否定する。けれど、誘えば僕と久遠の家に、必ず寄る。まるで息継ぎが必要だとでも言うように。
久遠が功刀司令の所へ出かけた今日も、誘ったらはいと言った。久遠じゃない。僕が必要なんだ。
「帰りたい? …東京ジュピターへ」
夕日に照らされた表情が硬くなった。
「まだ、信じきれていないんです」
綾人は俯いた。
「戦ってる時は、それどころじゃなくて、忘れてます。だけど夜になったら必ず考える。
これは夢で、夢から覚めたら、学校行って、友達に会って、そういう一日を繰り返していくんじゃないかって」
「ここにいるのは夢だと?」
「わかってるんです。でも…今は少し退屈で、何か変わらないかって思ってた毎日が、恋しい」
十七の頃、僕はもう少し冷めていた。多くのことを信じないで生きることを選択した。
利用することや、軽蔑することで、自分を支えた。
「…君は一人で泣くんだね」
そっと指で掬うと、綾人は見上げた。僕はこんな自分を捨ててしまった。そのことを、どこかで悲しんでいる。
「ゆっくり、受け入れればいいのさ。結局、できることしか、できないんだから」
「樹さん」
綾人の頭に手を置いた。
僕は知りたいんだ。
ただ純粋に。
君がどんな風なのか。
「樹さ、」
ネクタイは緩めても、僕は脱がない。
「いやだ」
押し倒され、傷ついた顔で僕を責める。裏切り者。信じていたのに。そんな目をする。
「何も知らないで傷つけているのは君の方さ」
「意味わかんないよ! 何なんだよ! やめて、やめろ!!」
シャツを捲り上げた。そこにある刻印を、綾人は庇うようにした。
「残念だけどね、これは現実だよ。綾人くん」
そっとその刻印に触れる。温かい身体。なぞると綾人は震えた。
「何だよ…っ。何だよ、お前、」
僕の体にも同じものがある。必要のないストックだ。僕は無価値。
「せめて僕だけは、君に向き合わなくちゃ、ね」
綾人の口に触れた。見開いたままの目に涙が浮かんだ。
いつかハルカが味わったものとは違うのだろう。神聖な静寂のないキス。嫉妬を押し殺す。
「…現実感て何だと思う? 僕は苦しみとか、痛みだと思うんだ」
衣服を剥ぎ取り、両手の自由を奪ったら、綾人は大人しくなった。
「何か言ってくれないか。君との会話、僕は好きなんだけどな。興味の方向性が似てて、深い話が出来るし」
「……」
綾人は黙っていた。
「これ、一体何だろうね。解析の度に見てるけど、ずっと消えないのかな」
何も知らないふりで言って、腹の上の赤く浮いた染みを舐めると、綾人が小さく悲鳴を上げた。
「感じる? 声だしてもいいよ」
もう一度綾人の体を味わう。何の違いがあるんだ。この体と、僕の体に。
「や…っ」
下腹部に触れると耐え切れなくなったのか蹴りを入れようとした。
「まあ、気持ちはわかるよ。理不尽だろうね」
横を向く。諦めた。僕を受け入れた。
「…優しくするよ」
ここはあの頃の僕より…。一瞥して、口に含む。
「!」
綾人は可哀相なくらいに表情をゆがめ、目をきつく閉じていた。
僕だってこんなこと、しようとも思っていなかった。でも今はできる。僕はこの体に焦がれ、愛しいと思う。
これは僕だったかもしれない身体だから。
丹念に口で愛撫すると、それはやがて非力な綾人とは反対に強くそそり立った。
「これって、生命力かな」
きつく握って我慢させると、綾人は首を振った。呼吸が荒い。
「ア…、あぁ…」
縛られたままの両腕で身を守るように丸くなる。
「いきたい?」
先端を指で撫でてやる。綾人の内腿の辺りがひくひくと痙攣した。
「あぁ、アアァ」
「いきたいって、言ってみたら?」
「い、いつき…さ、」
「かわいい顔するんだね」
含んで、吸い上げた。
「いや…、あぁア…ッ」
憤りを吐き出し、荒い息を繰り返す。
「この辺の事情は、ジュピターとは変わらないんだよね、きっと」
綾人に睨まれる。
「そんな顔したって何も変わらないさ。現実に対抗するには僕らは小さすぎる」
「じゃあ何でTERRAは戦ってるんですか」
綾人が鋭く言った。
「いきなり核心を突くね」
逃げようとする綾人の足を引っ張って、引き寄せる。
「ところで愛って何だと思う?」
「あんたは聞くばっかりだ。自分で考えればいい!」
「…」
言葉を失うって、こういうことか。綾人は僕を見ていた。
「ああア」
抱え上げた足の間に、指を差し入れた。
「僕が子供だとでも、言いたいのか」
「嫌、嫌だ、放して、もういやだ!」
綾人が暴れる。ハルカ。ハルカさん。耳障りな名前。
「顔が赤いよ。感じてるのかい」
「やめろ…っ」
君の希望なんて聞くつもりないんだ。指を増やしたら、頼りなく喘いだ。
情けなくて、いやらしい様だ。綾人は僕には勝てない。
「いい眺めだな」
泣いたり、罵ったり、綾人は忙しい。現実に立ち向かっている。
この狭い身体の奥に、僕が入り込んだら。
「どんな感じなんだろうね」
綾人が悲鳴を上げた。
人形のように、綾人の身体が揺れている。
意識を失った綾人を犯している。残酷な時間。
「兄さん、」
そっと抱いてみたら、シャツ越しに鼓動が薄く伝わってきた。
「綾人…」
綾人の中で、強くなるのがわかった。
「ん…、」
気持ちのままに、繰り返し挿入する。流れ出ている血も構わず。
やけにきれいな顔をして眠る綾人を見ていると、苛立った。
足を抱え上げ、身体を弄って激しく汚した。
「…」
つまらなくなったので、片足だけ抱えて綾人の体の向きを変えてやる。
「う、」
動かすと綾人が呻いた。
「気がついたかい?」
横臥する綾人の吐息が震えた。シーツを掴んで、身体を強張らせる。
「力んじゃ駄目だよ、綾人くん」
下になったほうの腰を支えると綾人はうつぶせになった。腰を引きつける。
「痛い…」
「わかってるさ」
逃げようとする身体を背後から抱きしめた。強く抱くと僕を嫌悪しているのがよくわかった。
「まだ解放してあげないよ」
抱きしめたまま突くと、綾人は逃げ場を失って、泣き喚いた。
「いいかい。これが現実だよ」
背中に口づけて、繰り返し僕をわからせた。
綾人の涙が枯れるまでどれくらいかかっただろう。
人の目につかない場所で繰り返し責めたら、とうとう僕に慣れてしまった。
綾人は諦めなかったのだろう。お陰で僕はまだ悪者にはなれないまま、
汚されたあと、安らかに眠る兄を妬んでいる。
信じるという言葉が許せない。
もし、こんな透明なものを育んだのが東京ジュピターなら、壊してしまえばいい。
僕に楽園などなかった。
それなのにあの日、綾人の傷口から流れた血は、赤かった。
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樹の屈折した感じがかなり好き。つか、双子で年が違うってものすごいツボきました。