二人と一匹 [11] (ワンピース パラレル ゾロ ナミ サンジ)
映画を見ましょ、ナミはいつもみたく部屋にサンジを呼びに来た。
「ナミさん、俺」
「脱がなくてもいい」
ナミは強引に手を取った。小さく、柔らかい手。
マニキュアを塗らなくても、ナミの爪は桜色をしていた。
おどおどしている間にリビングに連れ出され、ナミの隣に座らされる。
テーブルには、山ほどのジャンクフード、
歯の溶けそうな炭酸飲料、ワインやビールが用意してあった。
ナミがテレビのコントローラーを取り、スイッチを入れると、
天井から大型スクリーンが下りてきた。
「サンジくん」
ナミがスクリーンを見つめたまま呟くように言った。
「私、サンジくんとこうしていたいの。それだけよ」
ナミは腕を伸ばし、サンジの頭を引き寄せた。
サンジを一度も見ずに頬ずりして、甘やかすように膝に寝かせる。
甘い香りがした。サンジはそのままでいた。
ナミの手が、サンジの頭を撫でる。
「…自分が何を求めてるか、よくわからない」
「ナミさん」
頬に落ちてきた雫に、すぐナミの顔を見上げた。
「ごめんね。色々、混乱させてごめん」
ナミは笑ってみせた。
「ナミさん、」
サンジは体を起こした。
「サンジくんがどう思ってるかわからないけれど、
遊びを共有してくれる人が欲しい」
「ナミさん…」
「ボロボロのサンジくんが好きなの。私が守らなくちゃって、
最初に会った時に思ったの。私が拾わなかったらどうなるんだろうって。
寂しがりの野良犬みたいだったんだもの。
誰かを探してる小犬の目だったんだもの」
サンジは苦笑した。
「…俺は楽しいですよ。こういうのも、悪くない。うん。
美少女に飼われてみたいって願望、あるかもしれない」
「違う…私はもう、」
ナミはそれ以上の言葉を飲み込んでしまった。
泣きながらサンジに笑いかけ、それから俯いた。
華奢な肩が震えている。
静かに泣いているナミを覗き込む。
ナミさん、ナミさん。呼びかけることしか出来ない。
それはまるで、泣いている飼い主を慰める愛玩動物のように、
もどかしい仕草だった。
「ナミさん、俺はナミさんが好きです」
涙を拭ってあげても、まだ溢れてくる。
「サンジくん」
「キ…キスしたいです」
言ってから顔が熱くなった。
「うん」
ナミは泣きながら目を閉じた。涙を掬って、軽く唇に押し当てた。
最初の夜の、ナミの激しいキスが欲しいと思ったけれど、
今はそういう雰囲気ではない。
「ナミさんに飼われるなら本望です」
サンジは頷いてみせる。
「うん。こんな関係も悪くないと思います」
言った後で、白々しいような気もした。
ナミの気持ちに触れないで、やり過ごそうとしている。
逃げる男は自分で、答えられない犬も自分。
ナミはきっと見抜いているのだ。
だから言えないでいる。俺が聞きたくないのをわかってる。
「え、映画が始まりました、」
サンジはぎこちなく言って、スクリーンに向き直った。
ナミの意識はまだ、サンジに向かっている。
サンジは無意識に体を縮めた。
もし、普通に恋愛をしていたら、どんな台詞が浮かんだのだろう。
サンジはゾロを思い浮かべた。奴なら、何て言う?
…いや、あいつは別格だ。俺に真似なんて出来ない。
サンジはスクリーンを睨みながら、組んだ手を握り締めた。
大体、婚約者とペットじゃ、存在の重さがまるで違う…。
俺は犬なんだ。犬には犬の慰め方しか出来ない。
涙を拭いているナミの気配。
違和感を何とか消そうと、もう一度ナミの膝に甘えてみた。
指先が、サンジの頬を撫でた。優しく、臆病な感触。
恋する人の感触。
サンジはナミの顔を見れなかった。
「あ、丁度いいところに来た!」
重い沈黙を破って、ナミが入ってきたゾロに手を振った。ゾロは
一度帰って着替えたのか、スーツ姿ではなく、
カジュアルな格好をしている。
「ねえ、お菓子取って来て」
サンジの頭を撫でながら、ソファからゾロに叫ぶ。
ナミとサンジは映画を見ながら、黙々と食い散らかし、
飲み散らかしていた。ぎこちない会話は続かず、
おいしいとか、女優が綺麗だとか、当たり障りのない話を、
付き合い始めの中学生のごとくやり取りしていた。
限界に達しようと言う時に現れたゾロに、二人ともホッとしたのを
感じた。
「あァ?」
「ワインもよろしく。てめえも飲みたければグラスも、もいっちょ」
サンジもナミの太股にすりすりしながら、ヒラヒラと手を振った。
無理にくっつくのは、離れると本当に意識しそうだからだ。
ゾロはいぶかしげに眉を潜めた。
小さく息を吐き、諦めたようにキッチンへ行って、戻ってくる。
ゾロは憮然とした顔で、
両腕いっぱいのスナック菓子をテーブルに落とした。
「ご苦労!」
ナミは言いながら、袋をばりばりと音を立てて開けた。
「サンジくん、アーン」
口を開けて、スナック菓子を食べさせてもらう。サンジは口を動かしながら、
手を伸ばし、ゾロからワインを受け取った。
起き上がり、栓を抜く。
「お前ら…」
ゾロが、ソファの背にもたれた。
ナミとサンジを痛々しい目で眺める。
「リラックス中よ」
ナミはゾロに微笑んだ。
「ナミさん、注ぎますよ」
サンジはワインの栓を抜いて、ナミに差し出す。
「ありがとう、サンジくん」
ナミがグラスを持つ。
「ん」
ゾロに差し出すと、グラスを取った。ゾロはまるで水みたいに飲む。
「お前らくっつきすぎなんだよ、」
ゾロは頬を赤くして呟いた。
「妬いてるの? ゾロ」
ナミは満足そうに言った。
「ゾロも膝枕してあげようか?」
その言葉を聞いて、反射的にナミの太股に頬を寄せた。
「駄目。俺の場所だから」
ゾロが睨む。ナミがくすくす笑う。
ゾロが来た途端、自分の居場所を思い出し、元の位置に戻れた気がした。
ずっとこの空気の中にいたい、と思った。
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