箱の中の憂鬱 三(銀魂 銀時×新八)
「今日もお客さん来なかったアル…」
神楽がひもじそうに言うのが聞こえると、俺は起きることにしている。
一日何事もなく、そして依頼もなく終了したか…。
半身を起こすと、顔にかぶせていたジャンプがズリ落ちた。欠伸が出た。
「今日は肉じゃがですよ」
新八が立ち上がりながら言った。
「俺、夕飯いらね」
「え」
新八が振り返る。
「暴れん坊侍へ行ってくる」
「アーアー! 聞こえない! そんなの聞かせないでください。教育上悪いんで」
新八は神楽の耳を押さえて返事した。
「言えっつったり、言うなっつったり、難しい年頃だねお前も」
「プライベートまで聞いてません! そのくらいの判断つくでしょう! からかってんですか!」
俺は財布の中を確かめ、鏡を見て着物の乱れを直し、天パを手でさばき、
かっこをつけてから、玄関へ向かった。
「姉御の店じゃないアルか?」
「神楽ちゃんいいから! 相手しちゃダメだって!」
神楽が追いかけるので、新八もついてくる。
「あんなボッタクリ店行きつけにできるかよ。ヅラが店先に立ってる店だ」
ブーツを履きながら言った。
「ああ、あそこアルか。承知!」
「行くなら余計なこと言わずにさっさと行け!」
「戸締り忘れんなよ、ガキ共」
「いってらっしゃーい。…いいなあ、銀ちゃんだけ」
「あのね、神楽ちゃんが行ったって楽しいところじゃないから! 御飯作るの手伝って。はい、飯食おうね」
背後で鍵が閉まった。
明け方、まだ誰も目覚めないうちに万事屋に戻った。
冷蔵庫を開けたら、肉じゃがの器に銀さん、と書いたラップがかけてあった。
「わざわざ俺の分まで作って置いておく。これはどういう意味かい新ちゃん」
呟きつつ、じゃがいもをつまみ食い。
「ん、うま」
いちご牛乳を取って、ソファにかける。
とうとう、ヤりましたよ。銀さんは大人だからね。そういうのナシで待つとか無理なんだよね。
自分を正当化する。だってしょうがないし。
「…」
どうしようもない罪悪感。いちご牛乳で誤魔化す。甘い味。喉を下りていく。ああ美味い。
ふと見ると、エロビデオがテレビの前に出しっぱなしになっていた。
新八め。いいですとか断わっといて、俺が居ない夜にちゃっかり鑑賞してますか。
やっぱりエロエロ大好きなお年頃じゃねえか。
俺と同罪。
「ちゃんと片付けろ、と」
デッキから取り出してケースに入れる。
少し襖を開けて和室を覗くと、新八が寝ている。そっと中へ入った。
壁にもたれて座り、しばし新八の寝顔を観察。
幸せそうにスースー寝やがって。何回抜いたんだよ。
深夜、テレビだけつけた部屋で、一人かいている新八を想像した。
「…」
布団からはみ出た手、そっと指に触れる。この手で擦ったのか。
新八はぴくりともしない。そっと指を滑らせて、手のひらをこちょこちょした。
ぴく、と握りかけて、眠ったまま掛け布団に手のひらをこすりつける。
面白い。
新八の耳に口を近づけた。
「新八」
囁くと、新八の耳に唇が触れた。新八はヒィ、と声を喉から絞り出して覚醒した。
俺を見て目を見開く。
エロビデオのパッケージを見せた。
「あっ」
慌てたように顔を赤くして起き上がった。
「スンマセン…」
恥ずかしがる様が何とも初々しいね。
「別に謝んなくてもさ。良かったろ、結野アナ似で」
声を抑え気味に言い、いちご牛乳を飲む。
「え、ああ、はい…」
「何だ反応ニブいね。やっぱガキにはわかんなかった?」
「謝ってんだからいじらないでくださいよ。僕もうちょっと寝たいんで」
新八は布団を被って横になった。布団を捲りあげて隣に寝転んだ。
「まだ眠いの? そんなに頑張っちゃった? 一人で?」
新八の背中に聞く。
「頑張ってないです。銀さんこそ、」
新八が、もそもそ答えた。
「頑張ったねえ。俺は頑張った。お前はスッキリしたか?」
「…スッキリっていうか…」
くぐもった声が言う。
「ネコミミなら何でもいいわけじゃないし…」
新八の呼吸が、ゆっくりしたものに変わっていく。
「新八」
「ん…」
寝息交じりの吐息は優しい。
「…チューしちゃうぞこら」
手を伸ばし、寝癖のついた黒髪を指で梳いたら、愛しさがあふれ出た。そっと髪に唇を押しつけた。
明け方の数時間くらい、同じ布団でもいいよな。
新八の寝息に呼吸を合わせながら、目を閉じた。
「ねえ、銀さん」
新八が俺を呼んだ。
暑い。目がくらみそうな光。水。水。水分を補給する。
久しぶりの依頼で新八と二人、金持ちの家の庭で草むしり。
日差しは刻々ときつくなり、結構な重労働だ。
「なんだー?」
ふぅ、と息を吐いて新八を振り向く。麦わら帽子を上げた格好で、俺を見ていた。
「この間、頑張ったって言ってましたよね」
「ああ…?」
思い当たらず、思考能力も低下していて、聞き返す。
「俺が頑張るといえば、甘いもんとジャンプを手に入れるときだけだぞ」
「そうじゃなくて、この間、銀さんが飲みに行ったときの朝ですよ」
「…ああ」
俺が自然とにやけると、新八はもういいです、と俯いた。
「なに、何か聞きたいことでもあンの? 新八も男だしな。人生の先輩として色々教えてやろうか、んん?」
「どうせ役に立たないことばっかでしょうけどね」
「アイタ」
俺を凹ませることで、発散してるのか。いや、そうなんだろう。
「や、やったんですよね。その…暴れん坊侍の、」
考えすぎた挙句、直球過ぎる表現しか出来なかったようだ。
「まあな」
答えると新八の顔が赤くなる。唇を引き締め、軍手をはめた手で雑草を力強く引き抜く。
「あそこって…、そういう店なんですか」
「いや、飲むところ」
「じゃあ何で?」
「アフターって言ってな。仕事上がりの女の子を誘って、何度かお茶するわけよ」
新八は神妙な顔で聞いている。
「そうして親密になっておいて、いい感じになったな、もう断わらないだろうなという時期を見計らって」
「さ、誘うんですか…?!」
「恥ずかしいよ新八君…いや、そうなんだよ。要はそうなんだけども」
「なんか…大人のかけひきって感じ」
新八は紅潮した顔を隠すように、腕で額の汗を拭き、水を少し含んだ。
「ホント、やな感じ…」
大きく息を吐く。新八は耐えるように目を閉じた。
「銀さ…」
倒れこむのを慌てて支えた。
「新八! おま、あれだけ熱中症には気ぃつけろって言ったのに!」
抱えあげて木陰に移動する。軍手を取り、着物をはだけて、眼鏡も取る。
「ったく、このバカタレ」
新八は目を閉じたまま、息を荒くしている。新八の水は半分以上残っていた。
「飲め、ほら。ちびちび飲んでっからこうなるんだよ」
頭を支えて飲ませる。
「母屋で水貰ってくるから休んでろ」
「銀…さん、待って」
小さい声が呼んだ。
ここにいて。
そう言った気がした。
「新八」
戻って呼びかけると、新八は俺の腕をとった。
「銀さん」
「何泣いてんだ。水分をいらんことに使うな」
「その人のこと好き?」
「はぁ?」
「その人は、銀さんのこと好きかな」
涙を拭い、濡れた手ぬぐいで身体を拭く。
「…女は仕事のうち、だから男も気楽に誘えるの。わかったか」
「そうなんだ」
「そう」
水を含んで、新八の口におしつけた。
新八は力なく抵抗した。それから大人しくなった。
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口移しって、いいですね。