箱の中の憂鬱 五(銀魂 銀時×新八)

「ガキ共、飯だ」
神楽がガバッと起きた。
「おま、狸寝入りかよ。復活したんなら手伝いなさいよ」
「私はどんなにしんどくても、ごはん出来たら起き上がるネ」
「つか、しんどい子は食べる気力ねーだろ」
エプロンを畳んでソファに座る。
「新八ィ、大丈夫アルか? 私が片付けてもいいアルよ」
神楽が向かいのソファに声をかけた。
「…ダメ」
新八がかすれた声で言ってゆっくり起き上がった。
「無理して起きなくていいぞ。残しててやるから」
「大丈夫です。やった、玉子焼き…」
新八が笑う。神楽がテレビをつけた。
「いただきまーす」
いつもと変わらぬ坂田家の食卓。新八が煮物を口に入れる。
味噌汁。
納豆。
ごはん。
次は、酢の物。
ふーん。
そんなに俺の玉子焼きが大事か。最後に残すくらい、大事か。
銀さん、大満足。
「銀ちゃん?」
神楽が不信そうに俺を見上げた。気づけば新八のほうに身を乗り出していた。
「ああ、あ、ポン酢とってくれ新八」
誤魔化すように手を伸ばした。そんな広いテーブルでもないだろ俺。
「はい」
新八から受け取る。
「あ、」
新八が言った。テレビに釘付けの視線。視線の先を見る。
あ。寺門通。
新八はチョコレートを食べるお通を凝視している。その頬が赤く染まって、唇を引き締めた。
そしてお通を見たまま、箸を伸ばし、ぶすり、と玉子焼きに突き刺した。
二回繰り返しで流れるCM。お通を見つめたまま、新八は味わうこともなく、 愛の玉子焼きを食った。
オィィィ!!
ちょっ、おま。それはねーだろ。本気か。本気でアイドルに恋してんのか。 そんな。恥じらいを誤魔化すようにばくばく食っちまいましたよ。
俺の愛を味わえよ!!
CMが終わって新八が振り向く。視線を感じたのか俺を見た。
「どうかしたんですか、銀さん」
「え、いや、あ、玉子焼きはどうよ」
「え。あ。…あの、おいしかったです! 銀さんありがとう」
空になった皿を見て焦ってるあたり、やっぱり最後に残してたんだろ。 そうだよな。そう信じるよ銀さんは。
「じゃあ俺の分もやるから食え」
「えっ、そんないいですよ銀さん」
「いいんだよ。ほら食えよ」
「ズルイ、私も欲しいアル!」
案の定、神楽が喚いた。
「はいはい食いかけでいいならあげますが」
半分になったのを箸であげて見せた。神楽が嫌そうな顔をする。
「食いかけは願い下げアル!」
「じゃあ僕と半分こね神楽ちゃん。いただきまーす」
新八は箸で二つに割ると、神楽の皿に置いた。
ひとかけを口に入れて、新八は幸せそうに俺の顔を見た。だから微笑まずにはいられなかった。
神楽に断わられた残りの玉子焼きを口に入れた。甘い味が広がった。
ぎゅっとしてもいいですかコノヤロー。


「ありがとう銀さん。送ってくれて」
メットを取って、新八は言った。恒道館道場の前。
「じゃあな」
「銀さん」
行こうとしたら、新八が呼び止めた。
「あの、ちょっとだけ、お茶飲んでいきませんか」
「!」
あのね。そんな軽々しく家人のいない家に男を入れたりしちゃいけません。 何が起こってもしらないよ新ちゃん。
「お、珍しい。お茶出してくれんの」
わざとらしい台詞だ。入る気満々じゃないですか俺。期待しない時に運はやって来るもんだ。
庭先にバイクを止め、新八に続いて家に上がった。
「…なんか久しぶりですね。銀さんがうちに上がるの」
「…そうだな」
新八は急に沈黙した。あ、もしかして自分で言って思い出しちゃったのか。
俺は何も言えず黙っていた。
例の部屋に入ると、新八は障子を開け、雨戸も開けて空気を入れた。
「お茶淹れてくるんで、銀さんここで休んでてください」
「おう」
鴨居に手をかけて外を見る。夜空に月。ここちいい風が入ってくる。目を閉じた。
「静かですね」
振り向くと新八が盆を持って入ってきた。湯飲みから湯気が立っている。 俺が縁側近くに腰を下ろすと、新八は俺の隣に座った。
「どうぞ」
「おう」
今、新八は何を考えてるんだろう。怒っているのでもなく、笑うのでもなく、 俯きがちに湯飲みの中の茶を見つめている。
新八を意識しつつ、天井を見たり、庭を見たりしている俺も、 新八から見れば、何を考えているかわからないんだろう。
「…銀さん、」
不意に新八が顔を上げた。
「ん、」
振り向くと新八は俺を見ていた。
「よ、呼んでみただけです。ごめんなさい」
新八はまた視線を落とした。
「…何か言いたいことあんなら何でも言っていいぞ」
前を向いて言った。
「銀さんちゃんと聞くから」
「銀さんこそ、僕に言いたいこととかあったら、言ってください」
「…」
「…」
あらたまって話したり出来るわけがない。お前もそう思ってんだろ。新八。
沈黙は続く。
「あの。言ってもいいですか」
新八は湯のみを置いて心を決めたように言った。
「ぎ、銀さんと、ぎゅっとしたいんですけど」
「!」
きた。いきなりきた。
湯飲みを置き、猛烈な勢いで腕を広げたら、新八は驚き、それから恥ずかしそうに俺にもたれてきた。




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