箱の中の憂鬱 七 (銀魂 銀時×新八)
「じゃ、お疲れ様でしたー」
「おう、」
新八が玄関の戸を閉めた。階段を下りる足音も遠くなった。
「…」
一人の食事って、こんなに静かだったか。
テレビの音を大きくするのも、何だか面倒だった。
音量を抑えたバラエティ番組が、かえって寂しさを強調している。
いっつも、こんなんだったっけ。もうちょっと、違う気分だったような。
豆腐に醤油を落とす。出てこない。
物足りない気分で、醤油を足しに台所へ行った。
何で帰るかな。新八の奴。
せっかく二人なのに。
帰ったってお前も一人じゃねえか。一緒に食べようぜ、銀さんと。
あ。もしかして、警戒してんのか。
目の前でカイたのは、逆効果だったとか? いや、あいつが引きとめたんだぞ?
どんどん襲ってくる思考と後悔が、頭の中を支配する。焦っている。
失うのは嫌。
かけ過ぎた醤油を別の皿に移して、豆腐を箸で割る。新八が刻んだネギ。口に入れる。
シャリシャリとネギの音。
「…飯食ったら、ジャンプ買いに行こう。いちご牛乳も買っちゃおうかな」
誰に宣言してんだ、俺。
泣きそう。
「ありがとうございましたー」
バイト娘の声に送られて、コンビニを出た。
ネオンがうるさくて、星なんか見えたもんじゃない。
銀さん大人だし。
新八の涙声がまだ耳に残る。
のろのろ歩いていると、足元でノラの子猫がないた。見上げる仕草が新八みたいで、つられて路地に入る。
「親とはぐれたか」
しゃがむと、慌てたように逃げた。その先の曲がり角に親猫らしい目が光った。
「どいつもこいつも…」
温かな感触、それが今すぐに欲しい。
「ハァ」
頭を掻いて、立ち上がる。暗く、ほのかに異臭のする道。万事屋方向にそのまま歩いていく。
見えてきた光を頼るように行くと、それは救いみたいに周囲を明るく照らしていた。
「…」
この種の自販機は、人気のないところに突如出現する。
恥ずかしいことでもないのに、ソレを必要とする行為は、やっぱり人目をはばかることらしい。
財布を取り出した。一枚二枚、三枚…飲み込まれていくコインをまるで他人事みたく見つめた。
無感情に、ボタンを押した。
取り出し口に落ちた箱を、何度もしてきたように無造作に取った。
歩く度、袋が耳障りな音をたてる。
俺はコレを使って、また新八じゃない誰かを抱くんだろうか。
あいつを傷つけ、そして誤魔化すんだろうか。
自分を。
箱がぐにゃりと、ヘしゃげた。
万事屋の階段を上らずに、原チャリに乗った。
迷わず恒道館道場まで飛ばした。門は閉まっていた。
「新八! おい開けろ新八!」
ガラにもなく、門を叩いて叫ぶ。返事はない。
あいつ、どこ行ってんだ。
胸がむかむかする。ダメだ。どうにかなりそうだ。
もう一度原チャリのエンジンをかける。
風をはらむ袖も、新八がくっついている時とは違って抵抗にしか感じない。
あいつ今日はさっさと帰っちまったし…ねーちゃんもいねえし羽でも広げて…て、ダメダメ、銀さん許さないから。
「お前はうちでテレビでも見てればいいんだよ! ったく」
新八のいそうな場所を探した。
レンタルビデオ屋やら、コンビニ。ゲームセンター。
そのどこにもあの姿はなかった。
大体、道場なんか行かなきゃ、新八がどっか行ってることも知らずに済んだのによ。
己の欲望と、行動力を呪う。
歯がゆい。俺はあいつの全てを知らない。
仕事が終わった後なんて、プライベートだろうが。あいつが何をやったって、俺には関係ねえし。
…関係ないわけないだろ。好きなんだから。
悔しくて胸が痛くなる。俺は知らない。今、新八がどうしてるかすら、わからない。
鼻の奥がツンとした。お前も、こんな気持ちだったのか。新八。
明日、新八の顔を見たら、抱きしめよう。朝っぱらだろうが構わずやっちまおう。
もう、そうする。
心に決めた頃、万事屋が見えてきた。
「ん?」
明かりがついている。
自然と口元が緩んだ。
戸を開けると、奥からひょっこり新八が覗いた。
「何だ新八か。忘れもんでもしたのか?」
腰掛けてブーツを脱ぐ。
「銀さんどこ行ってたんですか?」
新八は答えずに聞き返した。
「コレ買いに」
ビニール袋を顎で差した。
「お前はどうした?」
「だって、一通り家のこと済ませたらやっぱり暇になっちゃって。一日くらい大丈夫かなって」
「ふーん」
俺の反応に新八が意外そうな顔をした。
台所へ寄って、冷蔵庫にいちご牛乳をしまう。
「ねえ銀さん」
新八は俺のあとを追ってくる。
「ねえ、銀さん、」
「何、」
「団子買ってきたんですけど、お茶淹れます?」
俺を見上げる。目が合っても逸らさない。そのくらい普段は鈍感。
「ちょっといいかな、新八君」
手を掴んで、和室へ引っ張り込む。新八が眉を寄せた。
「何ですか」
新八の顔を見る。
新八がいる。俺の目の前に。
「手が痛いんですけど」
壁に押しつけた。唇に触れた。
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