感触 Sixth Touch


「てめえ、サボリやがって、レギュラーのくせに」
桃城が、海堂の顔を見るなり怒鳴った。
「…」
海堂は申し訳なさそうに首を竦めると、コートへ入っていった。
「何だマムシ! かかってきやがれ!」
「桃ー。やめときなって。海堂変だよ、いつもと違う」
菊丸が肩を叩く。
「乾も変だよね」
不意に現れた不二が呟く。
「え? そう?」
菊丸がとぼけて聞いた。
「まあ、ダブルスの問題なら、二人で 解決しなきゃしょうがないよね」
不二はにっこりと笑った。
「うん。うん、そうだにゃ」
菊丸はやっと腑に落ちたように大きく頷いた。




「もう終わりにしよう」
乾は眼鏡を拭いた。掛けなおしてもまた大粒の雨が眼鏡を濡らす。
「先に帰って下さい」
海堂は手にしたタオルを堅く絞った。 夕方からの小雨は降り続き、ひどくなる一方だ。川も増水しはじめている。
二日ぶりの自主トレで海堂に焦りが出ているのを 乾は感じ取っていた。
「これ以上やっても効果はないよ、海堂」
乾は無理矢理腕を取って、橋脚の下へ海堂を引っ張り込んだ。
「っ」
海堂が悔しそうに顔を歪める。
「体が冷え切ってる。早く家へ帰って暖まれ」
乾は荷物を取ろうと行きかけた。
「先輩」
海堂が呼んで、乾の湿ったジャージを掴んだ。乾が振り向く。
「先輩の家、誰もいないっすか」
海堂の表情は強張っていた。
「…海堂」
雨の音が激しくなった。




「風呂入ったから、先に入れよ」
海堂は小さく頭を下げて、脱衣所へ入っていった。
どういうつもりなんだ、海堂。
距離を置こうとしていた乾には、この展開は意表を突かれた。 確かに、フォローのつもりで電話をかけたが、 大したことは言ってないし、誘導尋問にも乗らなかった。
俺を試してるのか?
俺を誘ってるのか?
もしかして怒ってるのかな…。あいつの性格なら、 喋りもしないと思うんだが…。
色々考えているうちに、海堂は風呂から出てきた。 制服に着替えていた。
「スンマセン、先に」
「いいよ。休んでろよ」
乾は言って部屋に海堂を残し、風呂に入った。
どうするべきか、乾は湯に浸かりながら考えた。
「あ」
乾は声を上げる。
さっき帰してしまえばよかったんだ。 なんで待たせるんだ、俺は馬鹿か。
激しく自分を罵りながら風呂から出た。 間を持たせる為にコーヒーをいれて部屋へ戻る。 海堂はベッドに腰掛けて教科書を読んでいた。
「これ飲んだら帰れよ」
「いただきます」
海堂は教科書を置いて、すぐに手を伸ばした。一気に飲み干す。 少し熱かったのか目を潤ませる。
「先輩」
「ん?」
机の上のノートを取り上げかけた乾が振り向いた。
「!」
海堂は乾をベッドに押し倒した。
「海堂やめろ、」
海堂が乾の両脇に膝をつく。 見下ろした海堂の髪から、雫が落ちる。
「ああ、ちゃんと拭けよ」
乾は言いかけた言葉を忘れて手を伸ばし、 海堂の頭をタオルで包み込んだ。
「風邪なんか引かれちゃ困るんだ」
ぐしゃぐしゃと髪を拭く。無性に海堂が可愛い。
「髪なんていいっす、」
海堂は乾の手を振り払った。ゆっくりと乾の唇に触れる。 乾の手が、ピクリと震えて固まった。 不器用に押し付けられた海堂の唇は震えていた。
「好きだ」
海堂は乾の胸に顔を伏せた。
「俺にはわかる」
海堂は呟くように言った。
「俺にはわかってる」
「海堂、」
「遊びだろ。キスはしねえんだろ」
海堂は乾を見た。目がぐっと堪えるように乾を睨む。
「俺もその遊びに乗る」
「海堂」
立ち上がった海堂につられて、乾も体を起こす。
「キスはしねえ」
乾が近づいて、海堂は横を向いた。
「今のがサイゴだ」
海堂は乾の手が掴むより早く、乾から離れた。
「風呂、ありがとうございました」
教科書を手にペコリと頭を下げ、背を向ける。
「待っ、傘、傘貸してやるから」
乾はペースを奪われて海堂の後を追った。


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