感触 Seventh Touch
「海堂」
乾の声がして、海堂は振り返った。
昼休みの中庭は南中した太陽が眩しい。
どこにいても逃れられない。
「何してるんだ?」
言って牛乳のパックを吸い上げる。まだ背を伸ばす気なのかと
海堂は思った。
「今度のテスト、やべえと思って」
そっけなく答える。
乾のせいで、授業の記憶がほとんどなかった。
余り得意ではない数学は、未だ遅れを取り戻せていない。
初級レベルの参考書を見られて、海堂は赤くなった。
「数学? 確かこの間の雨の日も教科書読んでたな」
雨の日、という言葉を聞いて海堂は無意識に瞬きした。
「教えてやろうか」
「え」
本当に驚いたように海堂が顔を上げた。
「いや、いいっす」
海堂はすぐに参考書に目を移した。
「どうして? 教えてやるよ。コツさえわかれば
あとは数こなして解き方覚えればいいんだ」
乾は体を折り曲げて、参考書を覗き込み、問題を指で辿る。
近づいた顔に海堂は過剰に反応した。
「いいっす」
「遠慮しなくても」
「いいっす」
海堂は首を振った。逃げるように立ち上がる。
「すいません、」
頭を下げると海堂は校舎に上がっていった。
わかってるじゃないか…
乾は笑みを浮かべた。
「海堂、数学わかるようになったか?」
汗を拭きながら、乾は口を開いた。自主トレを再開して、
もう数日経つ。乾はその間一度も海堂を家には誘っていなかった。
一緒にいると、控えめながら海堂の視線が纏わりつくのを感じる。
乾はそれを知らん振りで心地よくかわしていた。
「あまり成績落ちると、部活に影響出るんじゃないのか。
お前の家、うるさいだろ」
「…」
海堂は俯いた。スポーツドリンクを含む。乾はその唇に視線を送った。
海堂が気づくとすぐに話を戻す。
「俺に教えられるの嫌?」
「いえ、」
海堂は否定した。無表情だが、乾にだけは
海堂が意識しているのがわかる。
「今週の日曜空いてるんだ。うちに来いよ」
乾は少し強引に言ってみた。視線が合って、どちらともなく離れる。
「…はい」
俯く海堂の項が目を引いた。
遊びの再開。本当はこの数日も遊びのうちだった。
「先輩」
乾は自分の教科書から顔を上げた。向かい側に座った海堂が見ている。
「できた?」
小さく頷く海堂からノートを受け取った。
筆圧の高い数式が並んでいる。
答え合わせの間、海堂の視線がノートと乾を交互に見つめた。
「うん、出来てるよ、わかってきた?」
海堂は少し嬉しそうな顔をして頷いた。
今日、乾の部屋に来てから、海堂は必要なこと以外、ほとんど喋っていない。
乾が近寄るとするりとかわすくせに、ひたむきな視線は送ってくる。
「じゃあ、まとめの問題やって終わりにしようか」
ノートを返そうとしたら、指が当たった。海堂の手が怯んだ。
「あ、ごめん」
海堂は目を伏せると、手を伸ばしノート受け取った。
触ったな…。
乾は予習を終えて、惰性で次の章まで眺めた。
指が触れたのはわざとではなかったが、
海堂の反応は乾を満足させた。
海堂はまだ必死で問題を解いている。
思ったより短時間で理解したので、物足りなく感じていた。
もっと時間がかかると思っていたし、それがいいと思っていた。
これから何しようか。
乾は数字を眺めながら考えた。
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