Private Blue U-1 「クソッ!」 ゾロは一気に煽り、グラスをカウンターに叩き付けるように置いた。 横で女がこわーいと声を上げ、隣りの男といちゃつき始めた。 ここは女達の島、という、歓楽街で埋め尽くされた島である。 通りを歩けば女はすぐ見つかる、泊まることも、飲むことも、 苦労はしなかった。 が、あの男はいない。鷹の目の男。 こんなところでぐずぐずしている暇はないのだが、 一ヶ月もかけて無駄な旅をしたと知って、さすがにゾロも落ち込んでいた。 立ちなおるのにまだ数日無駄な酒を飲まねばならないだろう。 「何でこうなるんだ!」 「おう、ニイチャン荒れてるねえ」 店のオヤジは笑いながら新しいグラスを出した。 「一ヶ月前に出てったのに、また店に来てくれるなんて嬉しいね」 からかうようにオヤジが言うと、周りにいた男たちが笑い出した。 戻ってきたと知った時の、ゾロのマヌケな顔を思い出しているのだ。 鷹の目の男の情報を手に入れ、先月確かにここを発った。 しかし三日前にまたここへ戻ってきてしまったのだ。 最短コースを取れる予定だったのに、一ヶ月をかけて 周辺の島を転々としただけだったらしい。 「るせえ!」 ゾロはマズそうに飲んだ。本当はこれっぽっちも酔っていない。 酔えるわけがない。 「ニイチャン、こういう時は慰めてもらいなよ。女はいっぱいいる。 男もいるぞ」 テーブルで飲んでいた男がカウンターに掛けているゾロに叫ぶと、 酒場に下卑た笑いが起こった。 「そうだ、サンジがいい。あいつはいいよ」 一人が言うと、賞金稼ぎたちは口々にサンジの名を呼んだ。 「サンジ?」 ゾロが口を拭きながら聞き返した。酔っ払った振りだ。男の名前じゃねえか。 そう思いながら。 「最近良くここに来るぜ。男が好きなんだとよ。 体を売って、しこたま金を貯めてるらしいって噂だ」 「金髪で肌は白い。そこらへんの女より見栄えがするぜ」 「おまけに男だからイイとこわかってんだな!」 どっと笑いが起こった。 「んもう、男の話はナシ。まして外から来た売りに客を取られるなんて ゴメンだね。ここはあたいたちの島なんだよ」 賞金稼ぎの一人に身を寄せた女が言い、口をすぼめて男にキスをねだった。 「そうだそうだ。お前が最高だ。サンジよりお前だよ、んー」 酒場の空気が満足し、それきりサンジの名前は出なかった。 「男はいらねえ」 ゾロがいきなり真顔で吐き捨てたので、オヤジは眉を動かした。 「ニイチャン強えな」 ライムを切りカウンターに出す。 「酔えねえ…」 ゾロは辛そうにライムを噛んだ。 酒場で夜を明かし、昼まで寝込んで、目が覚めた。 宿へ戻ろうと、通りに立つ女たちをかわしながら歩いていった。 昼間だというのに、ここでは時間は関係ないらしい。 歓楽街の中心部から離れた山間に、手ごろな値の宿があり、 港へは不便だが先月と同じようにそこへ泊まっていた。 耳が遠く、いつも寝ているようにしか見えない婆さんが一人でやっている。 帰ったら、自分で鍵を取って入らなければならない。 街はずれに来ると、女の影はなくなり、森へ入り、ゆるやかな坂を登って、 この島のわずかな民家が転々とする丘へ出た。宿へはここからまだ 数分。酒場から一本道なので、迷うことはない。 「なあ、アンタ暇?」 急に声をかけられてゾロはハッと我に返った。 周りのことなど見えていなかったのだ。 声のした方を振り返ると、民家の物置きの屋根に 黒いスーツの男が腰掛けている。ゾロを見ていた。 …サンジ? 金髪に白い肌。通りであしらってきた女たちより確かに目を引いたが、 スーツをスマートに着こなして、どうみても男だった。口にタバコを くわえている。同業者たちの話を勝手に解釈して、 もっと女々しいのを想像していた。 「怖い顔してないで空でも見ろよ」 彼はニッコリ笑うと煙を吐き出した。 「…」 太陽が少し傾き始めている。一番日の強い時間だった。 快晴。真っ青な空は眩しくて直視できない。ゾロは思わず手を翳した。 「ここへ来いよ。あ、あっちがいい」 サンジは自分の右側を叩いてから、立ち上がり、ひょいひょいと 家の屋根に登っていった。 「早く。こっち側だと海も見えるぜ」 手をパンパンと払い、背中を向けて腰を下ろした。 「何で俺が…」 ゾロは思考力が低下しているのを感じ、飲みすぎたと思った。店を出る前に 別の同業者とまた飲んだのだ。 「てめえみてえな酔っ払いはここで酔いを覚ませ」 上からサンジの声が降ってくる。 「…」 見破られたことなんてねえのに、ゾロは思いながら金髪に従った。 「いいのかよ、民家だろココ」 「いいんだ。知り合いの家だから」 「知り合い…」 ゾロはどうでもいいかと思いながら、目の前にひらけた景色を見た。 「!」 「スゲエだろ。水平線がほとんどわからねえ。ずっと泳いでいったら、 空に上がっちまうかも…」 金髪は楽しそうにそう言ったっきり、黙ってタバコを吸い続けた。 景色を楽しんでいる。 「お前…サンジだろ」 出し抜けにゾロは言った。 「何だ知ってんの」 サンジは詰まらなさそうに答えると、また街や、海や、空を眺めた。 「…アンタ賞金稼ぎか?」 「ああ」 ゾロが答えるとやっぱりな、とサンジは呟いた。 「何がやっぱり、だ」 「賞金稼ぎしか『咥えて』ねえから」 サンジの言葉にゾロは眉をしかめた。 「もっとマシな言いようはねえのか…」 サンジがタバコを口に当て、また離す。 ふ、と一気に煙を吐くと、サンジは上を見上げた。 「今日はやらねえ。こんな日は空を見ねえとな」 サンジが笑う。いい顔だと思った。…そしてまた沈黙。 「…アンタの名前は?」 思い出したように聞いてくる。 「ロロノア・ゾロ」 サンジは頷いた。景色を見ていたが、時々瞬きをし、 何か考え込んでいるようだった。 不意に屋根にタバコを押し付けて消した。 ひどく長い時間が過ぎたように思えた。 ゾロはじっと沈黙を守った。少し眠気がしていた。 「お前は賞金首しか殺らねえの?」 そっとサンジがゾロを見た。金色の髪が風に揺れていた。 「…何が言いてえんだ?」 わざと怖い顔を作って聞き返し、ゾロは立ち上がった。
Copyright © 2002 SHURI All Rights Reserved
|