Private Blue
U-3

何度も宿を引き払おうとして、その度に考えを変えた。
サンジが何を自分に頼もうとしているのか、気になったのだ。
酒場へ行けば、たまに顔ぶれが変わるものの、 ほとんど見慣れた同業者たちに会ったし、うまく人の奢りに 乗って金を切りつめて、一週間を過ごした。
その朝早く、部屋のドアをノックする音でゾロは目を覚ました。
「誰だ、こんな早く…」
首筋を掻きながらドアを開けると、サンジが申し訳なさそうに 立っていた。この間と同じ、スーツ姿だ。ゾロは下着一丁だったが、 男同士なので気にしなかった。
「ワリイ。婆さんに頼んで上げてもらった」
朝が早いから昼間寝てんじゃねえのか…、ゾロは舌を打ちながら、サンジを 中に入れ、またベッドへ潜り込んだ。
「もう少し寝かせてくれ。話は後だ…あ、 頼みを聞くと決めたわけじゃねえからな」
釘を刺しておいて、意識を手放す。
サンジの返事は聞こえなかった。


ヒヤリ、と首筋に濡れたものが触れた。ゾロは不快感を感じて そこを掻いた。
「おい、もう起きろよ」
耳元で囁く声。もう一度ヒヤリとした。
舌。
「うわ!」
ゾロは夢の中でその感触に思い当たり、急いで飛び起きた。 首筋を擦り、唾液を拭き取る。
「いつまで寝てんだてめえ、叩いても蹴っても起きやがらねえ!」
サンジがすごい剣幕で怒鳴った。
「気味の悪い起こし方すんじゃねえ! なんでお前が何でここにいる!?」
サンジは呆れたようにゾロから視線をはずした。
「あ、思い出した。朝っぱらから来たな、お前…」
「頼みがある。即断してくれ。チャンスは今日しかねえんだ」
サンジは深刻そうな顔で言った。

「で、いくら出す?」
ゾロの言葉にサンジは内ポケットからずっしりとした小袋を 取り出した。
「これが限界だ。さすがにもう野郎のチ○○コはゴメンだからな」
「…」
ゾロは驚きを隠しながら袋を取り上げ、中を確かめた。 全て金貨だ。かなり魅力のある額だった。当分 遊んで暮らせ…いや、鷹の目の男を追うのに充分な元手になる。
しばらくは生活費のための賞金稼ぎをやる手間が省けるだろう。
これ全部、男と寝て稼いだのか…?
ゾロはそっと、サンジを窺った。はっきりした返事を 伸ばし伸ばし聞き出したので、心配そうな顔をしている。
「俺がこれを見て持ち逃げする…なんてことは考えなかったのか?」
ゾロは口を歪ませて聞いてみた。
「アンタはそんな男じゃない。俺は商売上、人を見る目は確かだ」
サンジは問題にならないというようにさらりと言ってのけた。
「お前…男が好きだって聞いたけど?」
ゾロは恐る恐る聞いた。カッとサンジの顔が赤くなる。
「何言ってんだ! 俺はレディ一筋だ! この復讐のために手っ取り早い 方法を選んだだけに決まってるだろ!」
「レディって…」
ゾロはふ、と笑いを漏らした。いや、その言葉遣いで彼が充分に フェミニストであることがわかる。ゾロはおかしくて笑いを押し隠すのに 必死だった。
「俺が考えも無しに賞金稼ぎだけを相手にしてきたと思ってんのか?! 腕っ節の強い奴を出来るだけ早く見つけるために決まってんだろ。 ベッドの上じゃ誰でも気が緩む。いくらでも噂や情報が集まる。 同時に金を貯められる」
サンジは一気に捲し立てると、ネクタイを緩め、シャツの 第一ボタンを外した。頭に血が上ったらしく、頬が上気し、 赤くなっていた。
「ワリイ。…でも酒場では大人気だったぜ、お前」
フォローのつもりで言った言葉で、サンジを余計に怒らせた。
必死で謝って話を切り替える作戦に出る。
「つまり、お前がターゲットにしてる奴に、強力なボディーガードがついてて、 そいつを俺が引き受ければいいんだな?」
「ああ。二人いるから、最悪、二人相手に戦える奴が必要なんだ」
サンジは仏頂面で答えた。小さく震える手でタバコを取り出し、 火をつけた。落ち着かない様子だった。緊張しているようだ。
「いや、一人はどうせターゲットを守るに決まってるじゃねえか」
「ボディガード一人なら俺でも倒せる。速攻でな。俺が問題にしてるのは、 ターゲットに逃げ出されちゃかなわねえってことだ」
「ああ、そういうことか」
ゾロは納得したように頷いた。
「この間、請け負いのグループが襲うのを見たが…、失敗に終わった。 弱いのが束でかかっても意味がない。強い奴が二人いれば、奴を潰せる」
サンジの目が暗さを帯びている。
「で、引き受けてくれるのか」
サンジは言った。時間を気にしている。彼の話では予定時刻は四時間も後なのにだ。
「犯罪を起こすってことは、当然追われる身になるわけだよな?」
注意深くゾロは聞いた。
「それは大丈夫だ。ヴィンセントは嫌われ者だ。皆消えて欲しいと思ってる」
サンジは言い切るとタバコを口に当てた。大きく吐き出すと続ける。
「誰も手出しはしないが、戦う奴を邪魔するわけでもない。 密告もねえし、海軍でさえ犯罪の尻尾を掴むために躍起になってる。 もう誰でもいいから掻き回して欲しいと思ってるはずだ」
サンジの目がゾロと合った。悲痛な色がふと見えて、すぐに消えた。 考える前に、ゾロは答えていた。
「…いいぜ。金に困ってんだ」
サンジはやっと笑顔になった。

ゾロはヴィンセント、と言いかけてやめた。
「しかし何でそのVとかいうのを?」
サンジの取ったフルーツを無断で摘まみながら、 ゾロはわからないという顔をする。二人は街へ出て、 人のまばらなカフェで腹ごしらえしていた。食事は後半に 差し掛かっているが、話の本編は始まったばかりだ。
「敵の多い奴さ。奴は武器、油なんかも取り扱ってる商人だ。 裏では人身売買や誘拐にまで手を染めてるって噂を聞いた。 そうやって連れてきた子供を宿で働かせる。 この島のほとんどの売春宿から上納金を取ってるある一族のボンクラだが…、」
「お前にどう絡んでくるのか聞いてんだ」
ゾロは言った。一番聞きたいのはそこなのだ。
「それは言えねえ」
サンジはそれきり口をつぐんだ。


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